naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

今日のチャット

こんな会話どお?

あるチャットである人Aと会話しました。

 

 

私:昔エルサルバドルっていう国にお爺さんとお婆さんがすんでいました。おじいさんは毎日山でクズ拾いお婆さんは川で洗濯してました。ある日お婆さんが川で洗濯していたら大きな樽がどんぶらこっこどんぶらこと流れてきました。なんかいいもんが入ってるんべいと思った婆さんは、その樽を引き寄せて開けてみたら、さあ何が出てきたでしょう?

(ここで私は眠り込んだようです)

 

一晩明けて、チャットの部屋を覗いたら、昨日の相手がコメントを送ってきていました。

A:ねえねえ その後は?

私:内戦の真っ最中だもん。惨殺体が出てきたんだよ。。。

A:良いですね〜 やる気満々ですね❗
権力の弾圧にもめげず 弾圧の網の隙間を巧妙に突いては 自分の信念を貫き徹す。
令和の歌麿❗

 

 

面白い話

嘘と本当

 
以前書いたことがある面白い話。: あのさあ。嘘ついちゃいけません、て小学校で習ったの。で、正直にしていたらその小学校退学になっちゃった。
キリ教の学校でね、ベールって言う白い布を信者はかぶるべしって言う掟があってね、私はボーンキリ教徒だったから、被っていた。それが死んだ姉の形見だったんだけど、古いから黄ばんでいたの。
それを白くない白くしろ、ベールの色はこころの色ですって言ってシスターに追いかけ回されること3年間。ふとそう言うシスターのベール見たら真っ黒なのよ。
でさ。あ、黒いって言っちゃったら、退学になっちゃった。だからやっぱり正直は罪よ。
ところでね、この話60代まで引きずっていたの。小学校で退学なんていう経歴忘れるわけないじゃん。
でネットで出会ったある未知の仏教徒とかなり深い宗教論争をする仲になってさ、この話したら思わぬ反応が来たよ。
「虎さん(私のニックネーム)神様にすごく愛されてるねえ。そんなヘンテコな学校から救い出してくれたじゃん。退学は神様の仕業だよ。そんなところに居続けたら成長してウッカリすると政治家になっちゃったかもしれないのに、キチンと正直のまま50年以上生きてんじゃん。神様ってすごいねえ。」
 
 
 
 
 
 
 

これがなぜ規定違反だか、わからない。

規定違反について

 

実は、あるサイトで規定違反とかで、以下の文が問題とされた。憮然としている。

 

hate:2/20
昨夜疲れたのか8時ごろとこについてぐっすり寝た。数回トイレに起きたけど疲労のせいかスマホ見る気もおきず、そのままぐうぐう。7時に起きてゴミ集めてご飯食べて薬飲んで、ホッとしている。土日は食事も各自ご自由にという決まりを勝手に作って、知らん顔。あゝ、自由っていいもんだ。


昼は残飯に納豆で済まそう。古来からの田舎の日本食ほど体にいいものないんだ。アメ公のジャンクフードに汚染されたら百貫デブになるだけ。納豆と昆布類食べてりゃ元気に生きていける。

 

hate:2/21
ちょっと前に目が覚めたけど、5:20かな。かなり寝たんだなあ。割と頭がスッキリしてるんだけど、異常な事に爆撃の夜の目覚めみたいな状況で目を覚ました。米兵の姿も見たんだけどやけに明確で夢見たという意識がない。何だろうこれ。


あの記憶3歳だよ。今私80だっけ。77年前の記憶を引きずってんだ。


前世の記憶はないな。いつかエスカとか自称してたネッ友がいて、前世の事ばかり言ってたな。で、彼は私の前世は支那人だったとか言ってた。


で、その前世の夢見てね。支那人の私は馬に乗ってたんで、エスカの前世はあの馬だったらしいと言ったら、なんか凄く面白がっていた。


彼、仏教が好きだったけど、彼の仏教はむしろヒンズー教っぽかったな。話が化け物っぽくて滑稽だった。何とかいう新興宗教にハマっていて、多分その新興宗教の団体が新政党作ったよ。なんとかの科学とかいうの。それがこの前横浜で選挙運動かな、やってた。エスカいないかなって思って探したけどいなかった。


こんなこと言ってると出てきそう。面白いけど怖くもある。

 

上記の2点の共通点は、反米っぽい表現かな。私は1941年生まれの80歳。小学校入学以前の記憶がかなり明白に残っている。時々おぼろげに、その記憶がよみがえる。それを書いては規約違反て、どんな規約だっけ。政治的な意図も何もない人間が夢を見たって語っても、危険とみるの?

 

って、どっちが危険なのよ。

 

あの三輪車

あの三輪車、とうとう修理に出した

先日買った三輪車、すごく楽しみにしていたけれど、結局どうしても動かなかった。電動なのに、坂登れないし、平坦な道でもすごい体力がいる。弱った私の体力のせいかと考えたが、17歳の孫に試してもらって、結局ダメだった。

 

それで修理に出したのだけれど、乗り物って、ネット購入は危険だ。自分で乗れるかどうか、試せないし、無駄な量力がかかりすぎ。結局今、古い三輪車を使っている。

 

今日支払いの用事があって、近所の店まで行ってきた。孫のでた中学校を眺めながら歩いた。百日紅が咲いていた。

 

実は悩んでいる。あの骨折入院以来、要介護認定を受けてリハビリに行っているのだけれど、ほとんど他人にはわからない症状が出ていて、記憶力が異常なんだ。何を今言おうとしたのか、何をしようとしたのか、今、自分がどこにいるのか、一瞬障害が出て、行動もストップし、言葉も出ない。いつか、普段行っている自転車で10分くらいのマルエツに行った帰り、方向を見失って、3時間迷った。

 

この文章を書き始めて、何を書こうとしていたのかもわからなくなった。

生きているといろいろある

今日も一応生きている

私は30代後半から40代にかけての8年間、中米エルサルバドルにて、内戦の体験をした。その体験の意味を私は当時分かったわけではない。日本に帰国して落ち着いて、何とか生きる体制が整ってから、私は過去を考えた。その数奇の生涯を思い浮かべた時、私はこのように生きてきた自分の使命を考えた。日本に帰国してから私は昔の友人たちを相手に、見てきたことを話したら、それを誰も本気にしなかった、ある人は、不思議な顔をして、「それ、何世紀前の話?」と聞いてくる始末だった。

 

自分にとって、ごく普通の世界の出来事が、平和とか言われる日本人には、ほとんどおとぎ話に聞こえるんだ。。。と私は半ば呆れ、そしてだんだん、この体験をした私には、たぶん伝える使命が託されている、と考えるようになった。

 

いろいろなサイトで、自分の体験記を書いた。はじめ書いたサイトは人様のサイトだったと思うが、記憶が薄れている。当時チャットの部屋があって、皆ニックネームで呼びあっていたから、チャットがなくなった後、交流の方法もない。かろうじて残ったのが、楽天ブログとライブドアブログ。最後に特筆すべきはFC2とかいうサイト。

 

そのFC2に載せた体験記に対して、以下のようなコメントを頂いた。

 

「平成24年12月21日

エスコバル 瑠璃子 様

文芸社

出版企画部A

拝啓

時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

こ師走の候となりましたが、エスコバル様はいかがお過ごしでしょうか。

この度は貴重なご著作を拝読させていただき、ありがとうございました。エスコバル様の作品につきまして、私、が担当を務めさせていただきますので、改めてご挨拶を申し上げます。担当者として誠意を持って対応させていただく所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

弊社からの出版に際しましては、書店での販売を前提としておりますので、一般流通書籍としての適否(公共性)を審査いたします。また同時に、完成度や表現力だけに左右されない作品性を見極めるための独自の基準を設けており、これまで培ってきたノウハウを用いて判断しております。

お寄せいただいたご著作に関しましては、原稿審査担当部署にて丁重に拝読した結果、原稿量の問題から本の体裁的な部分は相談しなければなりませんが、本作りのみの私家版(書店流通出来ない本)では無く、弊社新刊書籍として日本全国の大手書店最低200書店での陳列を含め、流通できると判断されましたことを、まずはご報告申し上げます。

出版に際しエスコバル様に初版に関わるご費用の負担をお願いする条件での出版にな

りますが、ご著作とエスコバル様を存じ上げない未知の読者との出会いの場をご提供できますことを、担当者として嬉しく思っております。

 

編集面や販売促進面なども含めてかなりの部分で応援をさせていただこうと考えて

おります。

 

それに伴い、簡単ではございますが、今回お預かりしたエスコバル様の大切な作品に関する講評を書かせていただきました。

中略

 

時節柄、体調面などには気を付けてお過ごしください。 

 

末筆ながら、エスコバル様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 

敬具

 

*作品講評*  

 

◆ 人生を謳歌して生きる人もいれば、息をするのも辛いほど生きづらい人もいる。その違いは、感受性の鋭さと思惟の深さ、そして、それをコントロールする能力によって決定されるようだ。間違いなく後者である著者は、血の濃さゆえの肉親との軋轢、本質を逸らさぬ強靭な意志が引き起こす他人との衝突、純度の高い精神が向かわせる自分との格闘の中で生きてきた。人間であることに真正面から対峙するその人生の軌跡を、カトリックの教義を背景に描いた本作は、読み終えてなお心に感動の余韻を響かせる。

 

◆ 本作を構成する3本の柱は、著者の生い立ち、カトリックによって培われた精神性、エルサルバドルとの関わりである。「心の内乱体験記」に詳述される著者の生家の物語は、著者の人生の原点としての重さを読む者に突き付けてくる。教養高きクリスチャン芸術一家に生まれた5男4女の兄弟姉妹は強大な母の存在に苦しむ。彼らの苦悩は、一番幼い著者に向かって坂道を転がる雪玉のように膨れ上がって向かってきた。著者は、力弱き者に襲いかかる強き者からの理不尽な仕打ちを描いて、人間が体の奥深くにしまいこんでいる弱肉強食という動物の本能を抉り出してみせた。人間という高等動物のそれは絶望的な世界だ。

 

◆ しかし、人間は人間によって救われるのもまた事実である。子宮回帰を願うほどにこの世と馴染まない著者は、クリスチャンの血筋であるがゆえに、マドレ・サンタルシオという心の母に巡り合うことができる。著者から救いを求める精神の咆哮を聞き取ったマドレが放った言葉は、本作のキーワードになるべく荘厳な響きを持つ。「私があなたの母になる。あなたはあなたの母の母になれ」。後に、著者は死にゆく母をその腕に抱いて旅立たせ、マドレとの約束を成就するのである。地球の何十億という人間の中にたった一人、自分に巡り合うために生まれてきた人間がいることを教えてくれる感動的なエピソードだ。

 

◆ もう一人、著者の人生に大きな影響を及ぼした人間がいる。エルサルバドル人である夫のエノクだ。マドレとは別の意味であるがままの著者を受け入れ、人生を共にしていく人物であり、彼との巡り合いが著者に絵筆を執らせ、内戦の語り部画家になるというライフワークをもたらした。著者の生きづらさは日本という国の閉鎖性にも関係している。混血国家であるエルサルバドルの大らかで温かな精神性は、否定され続けてきた著者の心を癒した。人は生まれ落ちる国を選べない。しかし、精神と肉体の属する国が違うという事実は、神秘的なレベルで説明されるものなのかもしれない。著者とエルサルバドルとの絆は、そう思わせるほど運命的だ。

 

世界は戦乱が絶えず、中東でも、多くの命が失われている。後略」

 

以上

日本語とスペイン語

発音が似ているようで、危ない言葉

スペイン語には英語のアルファベットにない文字がある。特殊なのは Ñ ñ。
この「n」のうえにミミズが乗っていないと、発音も意味も変わっちゃうから気を付けないといけない。
añoは アニョと読み、年、年齢のこと。誕生日おめでとうなら、Feliz cumpleaños という。ところで、私の持っているpcには、スペイン語のアルファベットがない。つまり Ñ ñ の文字がない。こまるので、スペイン語のアルファベットをネットで調べて、デスクトップに張り付けてある。
実は añoは年齢だがanoは肛門である。Feliz cumpleanoといったら肛門を満たしておめでとうという意味になる。なんじゃい、こりゃ!
で、他にもある。yaは、「ヤ」とも読むが「ジャ」とも読む。これも曲者。
近所に住む山田さんのことを主人は「ジャマダサン」と発音する。ちょっとまずいね。面白いけどさ。
 
でね、男に襲われたとき「やめて」と言ってはいけません。逆の意味になるから。
 
それから日本語のローマ字表記が曲者である。
スペイン語にはchの表記はあるけれど、shの表記がないから、shではじまる日本語のシャ、シュ、ショをチャ、チュ、チョと発音する。
 
社会はチャカイ、車道はチャドウ、知りませんはチリマセン、信仰はチンコetc
 
昔学生時代、スペイン人の修道会の経営する女子学生寮にいた時、スペイン人のシスターが学生たちによく質問していた。「あなたのチンコ大きいですか?」からかい半分の学生たちは、いつも答えていた。「私にチンコありません。シスターのチンコは大きいですか?」そうしたら無邪気なスペイン人のシスターはいつも無邪気に両手を広げて頭の上に円を作って答えていた。
 
「私のチンコ、こんな大きい!」
 
おしまい。