今日の客人

内乱突入時のエルサルバドルで出会い、日本人総引き上げのきっかけとなった合弁会社の社長の死にたちあった人物を、今日、我が家に迎えた。別れて35年。彼女も強烈な人生を生きてきたらしい。そしてその強烈な体験の中で感じたことを、あまりにも正直に人に語ったために、彼女も多くの知り合いに相手にされなくなった。

私の絵を見て、ああ、自分の体験を理解してくれる人が、一人いた、と、なんだか慨嘆するような、ため息をした。

でも私はたぶん、彼女の体験や体験から感じた彼女の神経の構造を「理解」しているのでなく、自分の体験を自分の体験として「知っている」だけだ。知っていることを語ったら、彼女の感性が「共鳴」したにすぎない。

彼女は内乱の序曲の中で、友人の「死」を見送ったという体験を、あまりに深く心に感じたものだから、伝えることが使命のように感じた。語れば多くの人の理解が得られると思っていた。ところが、それは私も体験したことだが、人は自分が体験したこともないことがどんなに衝撃的な意味深い体験であっても、理解しないどころか、「感じない」のだ。

それは想像力と感受性の問題かもしれない。

しかしそれは、私には、もう、すでにわかってしまったことだ。神経の有無、感性の有無は、DNAの問題であって、本人の責任でも罪でもない。「ない」という事実に傷ついたって、そこにどんな意味もないということを。

彼女が去った後の8年間の私の体験を語ったら、彼女は、他の人の反応とは全く違った反応をした。35年の時間がほんの4時間の間に縮まっていくのを感じた。

苦悩の人生を歩んだことを他人にいうと、決まって返ってきたのが、「そういう人生をお前が選んだのだ」という冷淡で無神経な言葉だったことを、彼女はぽつりと語った。

「ある計画の中で押し流されて行くことを、人は選んだ、という。お前が選んだと言えば、だれも助けなくて済むからね。」と、私が常日頃思っていることを言った。「選んだのは私ではない。私は選ばれたのだ。そう思って生きるべきだ。」

だれも納得せずにせせら笑われるこの言葉も、彼女は、心から納得した。実は、私は知らなかったんだけど、彼女も、私が「信仰」とは言わない、あのこころの指標を持っていた。動かされていることの確信を持っていた。