naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

間抜けな信仰だけど

極めて間抜けな話だけど、あらま、と感じる1か月前のメールを、昨日開いた。それでちょっと驚いた。

私はメインのメール以外に、hotmail、yahoomail、gmailを持っていて、相手によって使い分けている。現在かつて問題が多かったホットメールは、ほとんど使っていないが、家族に次ぐ友人は、gメールで受け取る。

ところがこのgメールという代物、他のメールとは、少し勝手が違う。新たなメールを作成しないで、以前やり取りをしたメールに返信の形で送ると、送りたいメールの内容が一番下に出てくるようになっているらしい。だから、うっかりすると、本メールを見落とすことがある。

実は、1月前のメールらしいものを、あることから不審に思って、もう一度開けてみたら、それは「絶交状」だった。そんなものを今頃気がつく間抜けもいる。

私はこのところ、その友人とうまく行かなかった。ネットの付き合いとはいえ、短い付き合いではなく、喧嘩をしても友人だとは思っていた。何度か喧嘩もしたが、いつも私の方が譲歩してきた。暮にもかなりの擦れ違いがあったが、何とか、自分を抑えて、また連絡をとったのは私だった。ところが、自分がいつも「自分を抑えて譲歩している」というストレスがあったからだろう、1ヶ月ほど前、かなり激しく喧嘩をした。そのあとに来たメールが、このgメールだったのだけど、「返信」だったために、私は間違えて一番上を読み、「大したことがない」と考えて、「友人」フォルダに保存して、そのままになった。

どうせまた、ほとぼりが冷めれば、元通りになるかと考えていた。というのは、その考えは、私の側の思い上りではなくて、出会いをつかさどるものの存在をいつも念頭に置いていたからだった。若い時はともかく、私が、出会いと別れの不思議に対して、「これは自分の仕事でなく、出会いをつかさどる者の仕事らしい」という思いにいたってから、どんな相手に対しても、自分の方から「自由意思」とやらを行使して「切る」ということをしなくなった。

自分の意思で「切る」というのは、それは自力信仰に他ならない。自力信仰の寂しさを、感じたことがないんだなあ、と、今の私は思ってしまう。

実は、実生活で、私が「離婚」の人間的理由がありながら離婚をしなかったのは、この「他力」の思いを信じたからだった。解決を他力に任せようと、あの時も私は思ったから、「自由意思」とやらを行使しなかった。

私は人間関係が下手だ。そのことをよく知っている。その下手な人間関係のなかで、私が出会った夫は、35年の長い間、自分の傍らにあり続けた。その出会いにあの方の介在がなくして、何の意味があろうかと、今の私は思っている。

そのほかにも、私の周りには、数少ない「自分を受け入れてくれている」人間関係があった。最長は母だったと思うけれど、家族以外では、66年間ペンパルであり続けるドイツ人の友、もう、亡くなったけれど、実は傍らに47年間い続けてくれるマドレ、亡くなった二人の高校時代の親友。苦しんでいたときにふっと現れて支えてくれたネット内の友人、それらの「人間」が、私の前に現れたのは、偶然ではないと、私は思うから、私は、彼らに「羽なし天使」と名付けてきた。

其の羽なし天使が消える時、私は消えたことにも、不思議な必然性を感じていた。

私はこのところ、旧約聖書に触れて、「ヤーヴェがファラオの心をかたくなにした」というような記述を納得するようになっていた。昔はその記述をあほらしいと思っていたのである。これは、「史実」として描き直せば、単に「ファラオが奴隷を解放するのを惜しいと思い直し、出て行ったイスラエル人の集団に兵力を送り込んだ。」ということになる。あくまでも人間が自分の自由意思で歴史を作っている主体である、というのが、一般の考えだろう。

しかし、雨宮神父がよくいう言葉だけど、史実と呼ばれている物は、「客観的事実」ではありえない。現代のニュースと呼ばれる「事実」でさえ、記述者の思いを通し、記述者の取捨選択を通し、記述者のスタンスを通し、報道される。其の報道を、読者は再び三度取捨選択して、自分に気にいった報道のみを信じる。それを「史実」などと言えるのか…

そこに、或る存在の「介在」がある。

だから旧約聖書の記述には、すべて主語が「ヤーヴェ」になる。と、私は解釈している。

そんなことを、自力を信じて「絶交状」をひと月前に送り付けた友人の「自分を強いと信じる弱さ」に触れて、思った。別に「平気」なわけではない。それにはそれなりのある思いが行き来するが、私はやっぱり、他力に任せる。