naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

福音書の放蕩息子と、法華経の放蕩息子

ルカ福音書における、いわゆる「放蕩息子のたとえ」として知られているものは、もっと長い物語として、ねらいとする中核が違うように思えるが、展開が似たようなものが、仏典にある。

友人から、コピーをもらったので、以下に記すのが、法華経にある「放蕩息子のたとえ」である。

「幼い頃に父親のもとから家出して、20数年もあちこちをさまよいながら貧しい暮らしをしてきた男がいました。父親は我が子を捜し求めていましたが、遂に見つからずある町にとどまって生活し、そこで長者となり、豊かな生活を送っていました。しかし、その長者の心の中から幼いころに別れた息子のことが離れることはありませんでした。

息子は日々の生活の糧を得るためにあちこちをさまよい続けましたが、いつのまにか父である長者が暮らす町へと足が向いていました。

息子はその町に入ると、長者の家で生活の糧を得ようと様子を見に行きました。ところが陰から長者の様子を窺うと、あまりにも高貴であり自分とはかけ離れた様子に驚いてしまい、『ここは私のような者がくるところではない、もう少し身近なところで稼ごう。ぐずぐずしていると無理やり捕まえられて強制的に働かされるかもしれない。』と逃げ出そうとします。

長者はその男の姿を見ると、一目で家出した息子であることに気づきました。そして使いのものにその男を連れてくるように命じます。ところが男の方は、捕まえに来たと思い込み、驚きのあまり気絶してしまいました。その姿に落胆した長者は、その男を目を覚まさせて解き放ち、自由にさせるように命じました。男はホッとして、出て行きました。

長者は息子のことが忘れられず、使いを遣わしてこう話させます。

『いい仕事があるけどやらないか。仕事は便所掃除やゴミ掃除だが他より倍の手当てが出るぞ』

この話に飛びついた男は、長者の家に住み込みで下働きをはじめます。長者は自らも下働きに身をやつし、男と一緒に仕事をし、さまざまな話をしながらまじめに働き続けるように諭します。

そしてしばらくして、男がきちんと仕事ができるようになると、長者のすべての財産を保管してある蔵の管理をまかせ、出し入れも管理させるようにしました。男は長者の財産すべてを把握し、理解しましたがあくまでもそれは長者のものであり、自分には関係のないものだと思っています。

さらに時がたち、長者は男の心から卑屈さもなくなり、自分の寿命も残り少ないことを知って、多くの人を招き、さらに男も呼んでこのように宣言します。

『この子は実は私の子供です。20数年も前に離れ離れになっていましたが、この地で再会したのです。私の財産はすべてこの子のものなのです。』と!

男は驚くと共に、長者が時間をかけて自らの心を整え、すべての財産を譲り渡そうと常に願っていてくれた事に気づき、心に大歓喜をおこして父親に感謝するのです。」

ルカ福音書の放蕩息子と著しく違う点は、「長者」つまり放蕩息子の父親の態度である。ルカ福音書の息子は、財産の生前分与を受けて、父の家を後にして、手に入った財産を使い果たしたことになっている。そして、飢饉によって、生活の手段をなくし、父に詫びを入れて、雇い人にでもしてもらおうと、帰って行った。その息子の帰ってくる姿を遠くから見ていた父は、自分の方から吹っ飛んできて迎え、息子が用意していた詫びの文句もそこそこに、「無条件に」「即座に」雇い人ではなく「息子として」出迎えた。その喜びは、従順に父に従って生きてきた長子に不快感を与えるほどだった。

福音書の方の解説によると、福音書の放蕩息子の物語は、特に「放蕩」に焦点を当てているわけではなく、「放蕩息子のたとえ」として、定着している元の原語の意味は「失われた息子」だそうだ。つまり、「もともといるべき場所から離れて滅びの状態にあった者が、いるべき場所に戻ってきたことに対する父(なる神)の喜び」であり、「失われたものを探して救うために」「病人のための医者」としての主なるヤーヴェの「胸のうち」の物語なのだ。

法華経の方の「父」なる長者は、初め「父」を名乗らず、目の前の息子を下働きとして雇い入れ、仕事ができるように導きながら、何とか息子が仕事に慣れた後で、やっと父を名乗り、子に財産を与えるという展開になっている。

だから、法華経の方の「父」の赦しは、私の眼には「条件つき」であり、息子を試しに試して、やっと「財産を渡せるほどの成長を見届けてから」、息子として迎えるのである。息子も子供の時に家出したことになっていて、特に「放蕩」をしたわけではないらしいのに、である。この物語の「父」だって、法華経に取り上げられている限り、ただの人間ではないだろう。

仏教のことだから、神か仏か知らないけれど、「父」の「子」に対する態度が、なんだかいじいじしてすっきりしない。しかし、他宗のことで、勝手な解釈な危険なので、知り合いの真宗男の登場を願った。

以下がその会話である。

真宗男:長者と息子の物語の、どういうとこがわからないのだ?

虎:法華経の長者と息子の役割分担の意味がわからない。 聖書のたとえは、「神の救いは、相手に条件をつけない」と言うところにあるんだけど、 法華経の方は、息子の親がやたらに、息子を試しているように見える。息子が自分の思い通りに成長してからでないと父を名乗らないというのは、疑問なのだ。

キリスト教の本来の救いは、もともと弱い存在の人間に救われるための努力を要求しない。仏教の方は、要求が厳しいと思えるような物語だ。」

真宗男: あれは結局「機」の問題をいうているんだと思う。ほんとうに大事なものだからこそ、それを伝えるためには長い準備が必要だということ。

虎: なんかさ、比べるからいけないんだけど、法華経の長者は、うじうじいやらしいのよ。

真宗男: まぁ、いやらしいかいやらしくないかはそれぞれの見方だ。

虎: まあ、言いたいことが、福音書の意味と、やっぱり違うと考えていいらしいね。

真宗男:それに、訳本の雰囲気も原本とはちがってくるし、法華経は、「三乗は結局 菩薩の一乗に帰すべき」ということが言いたくて、いろいろたとえを出している。

虎: 一乗って、なに?

真宗男:菩薩の仏道。声聞、縁覚 を二乗という。

虎: 「乗」の意味は?

真宗男: 要するに、「話を聞くだけ(声聞)」「自分ひとりだけさとりすます(縁覚)」 のは、結局自己満足であって、それだけに終始すれば仏教が広まらない。自利の仏道を、声聞、縁覚の二乗 といって、これを「小乗仏教」とよぶのだ。「小さい乗り物 つまり自分だけの乗り物で、 自分だけが悟りの世界にいくというなら、それはいかにも、けちくさい。それはほんとうの仏教とは言えないんでないか」というのが、大乗仏教運動だ。声聞や縁覚も 今はそれでいいと思っているかもしれんが、「自利、利他」の菩薩道をあゆんでほしい、 順次時期を見て菩薩道に帰さしめるべし」 というのが そのたとえの言いたいことなんじゃないか。

虎: ふうん もう一度、しっかり読みなおすわ。同じ父と子の物語でも、「仏教の神髄を一人で分かっていい気分でいないで、わからない人にもわからせてから悟りの道を広めろ」っていう意味のたとえだったんか。じゃあ、父がうじうじしている意味がわかった^^。「父」は「神」じゃなくて、「先輩」か・・・


実は、去年から、聖書講座と言うのに通っていてね、それが凄く知的で面白い。それがもとで、 このところ、本気で勉強する気になって、 ときどき仏教と、ちょっと比較研究している。勝手に一人でネ^^

真宗男: みんなでやれ。小乗は大乗へ。自利のみでなく利他。
自利利他円満

虎:言いたいことわかるけれどね、わざわざ、そう考えなくてもさ、 私の考えでは、 自分が動いていなくても、自分を動かすヤーヴェがいると思っているので、自分が気がつかないうちに、利他になっていると思うのさ。自分が主体になって、利他、利他と言っていると、逆に尊大になり、知らない「他」に対して優越感を抱くよ。

いつかブログに書いたことがあるんだけど、私は30代の頃、内戦下の中米に8年暮らしたことがある。その時私のうちに、一人の少女が「女中」として他の家から送られてきた。アラテン^^・・・現代語ね、10歳前後の子。

で、結婚前教師をやっていた私として、そんな年齢の子が小学校にも通わず、女中として奉公させられていることに我慢がならなくてね、使い走りはさせたけど、実は時間を決めて読み書きそろばんを教えていた。それが当時の自分にとって、使命だの親切だのじゃなくて、そんな境遇に立たされている子供が冗談じゃないことだったからだ。

その後私は、内戦下のどさくさでその子のことも忘れてしまい、日本に来て20年後、エルサルバドルに住む家族を尋ねて行った時、見知らぬ婦人が尋ねて来て、私の首っ玉にキャキャっとからみついた。たまげたねえ、もう!

で、なんかその人によると、私はその人の恩人で、凄く可愛がってもらった。料理も、読み書きも学校以上にいろいろなことを教えてくれ、この人についていけば、もう自分は安心だと思っていたんだそうだ。別れなければならなくて、悲しかった。結婚して息子もいるけれど、息子たちに、私が教えたことを教えているんだ、とかいうのである。

彼女は、幼い時から実家の母が奉公に出し、犬小屋以下の女中部屋で起居していて、食事は、ときには与えられず、与えられても台所で残り物を立って食べるという暮らしをしていた。ところが私の家では、「主家」と同じテーブルで、均等に分けた食べ物をもらい、読み書きそろばんを教えてもらい、凄く可愛がられたから、あなたを忘れたことがない。という。

女中などを使ったことのない私としては、人間を人間扱いしていただけで、特別かわいがった覚えもなく、今だって、名前をすぐに思い出せない人なのだ。自分は明らかに、自分の使命や親切から物事をやっていたのでなく、「当たり前だ」と思っていたことを、寝起きするのが自然なごとく、自然にやっていただけだった。

ところで、これを「利他」と言うならば、「利他」かもしれない。しかし、私はこのことを自分の行動として記憶していなかったことに、凄く感謝している。あの子の事情を知らなかった私は、知らないうちに主なる父に「使われた」のだ。「使われたこと」を知らなかった。あの子は、私に恩を感じているらしいけれど、恩を感じるあまり、彼女は教会に行って、教会の仕事をしているという。それだって、私が「導いた」ことじゃない。

そんなこと、私の知ったことか^^。

利他利他を思っていると、「いいたかないけど、面倒見たよ」なんて言う気持ちが鎌首をもたげる。そういう邪魔な感情が鎌首もたげる時、人は会堂の真ん中で、「自分は律法に忠実であり、人を助けてきたことを感謝します」とかいうんだ。

そんなことにならず、丸であの子のことを忘れてしまい、あとで、自分が「使われた」と知った時、自分は本当に、生きていてよかった、と思うよ。