naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

8月の詩

終戦は4歳だったが、東京大空襲の記憶を忘れたわけではない。

防空壕の中を忘れたわけではない。

防空壕の入り口で、兄が歌っていたニヒルな歌を忘れたわけではない。

サーチライトの夜の世界を生きていた幼児の世界から、ある日突然昼の世界がやってきたあのギャップも忘れたわけではない。

でも私にとっての戦争の、より鮮烈な思いでは、エルサルバドルの内戦の、ゲリラ大攻勢の夜、頭の上を飛び交う銃弾から娘を守るために、たった一人でベッドをバリケードに立てて、犬と争って安全な場所を確保したこと。

多くの知り合いが死んでいった。知らない人の死体をまたいだ。一度でも人間の死体をまたいで買い物に走った思いでは、人間を根底から変えてしまう重さがある。

私は人の死体をまたいだ。邪魔なもののように。確かにあの時、自分と自分の赤ん坊が生きることしか考えなかった。他人の死を悼むことも、転がっている死体に魂があったことも、そんなことまるで意識しなかった。

そのことだけは、いつまでも記憶していよう。この8月の戦争をロマンチックな追憶の行事とする日本人の間で。