naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

新しいネッ友来訪

今日、約束した限りの来客が終わって、後は、ゆっくり、数枚を描いてから、秋に呼びかけるとしよう、というわけで、少し落ち着いた。

それに、うれしいことに、昨日、今日と、自然野菜が手に入った。昨日は、うちのブロック塀の上に胡瓜が3本置いてあった。そういうくれ方をする人は、裏のだんな。私も枇杷をそういうあげ方をする。彼は草刈り機を持っていて、年に2度くらい、自分の家の外回りの草を刈る時、ついでにうちの周りの草も刈ってくれる。面倒でない、最高の付き合い方。

今日のは初めて会ったネッ友の手土産。自分の畑があるらしい。南瓜3個と、いろいろな種類のトマト。どうでもいい育て方をしているらしいいびつなトマトごっそり。誰か来ないかな、セビチェが作れそう。このこのネッ友、昨日、来るという電話があったけれど、其の時はすでに買い物に行ってきた後なのと、車で来るというので、ビールを出せないから、ツマミにいいセビチェはダメだな、と思っちゃったので、適当なものしか出せなかった。

今日、絵を見に来てくれたネッ友、ネッ友としてへんてこなIDしか知らなかった時の印象とは、かなり違っていた。頭よさそうだし、気骨もありそうだし、主義信条を持っていそう。ただし、その主義信条は、自分の中にあるらしい。主義信条が自分の中にある場合、外からの圧力で震える時、つらいだろうな。ネットのツイッタ―での発言を見ていた時の思い余った余裕のない真面目さに、私は時々自分の若かった時のおっそろしくびりびりとがった氷柱にはまったような息苦しさを感じたけれど、本物は、それほどでもなかった。本物は、肉も血も通っているのが見えるからね。

私の分類法では、自分の畑で採れた野菜を手土産に持ってくる人は、「人間味のある人間」。一言の人間らしい言葉もなく、こちらの贈り物の値段を勘定して、それに見合う贈り物を楽天かなんかを通じて送ってきて、ただちに貸し借りを償却するタイプの人間とは、かなり区別している。別にそれでもいいけどね。それで安心できるなら。でも、楽天経由でも一言添えてもいいけどね、「ここに生きている人間としてごあいさつします」と言う意味の一言ね。