naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「相棒」のすげぇ聖書解釈

テレビ番組の「相棒」、案外すきで見ている。ところで相棒の作者って、キリスト教に対して、なんだか敵意を持っているらしい。そこそこでへんてこな教会シーンとか、シスターや神父さんらしき人物を登場させては、悪事の片棒を担がせたりしている。中にはシスターが懺悔を聞いて、その内容をばらしたりするものもある。実際にはシスターには懺悔とか聴罪とかの権限はない。


キリスト教に悪意を持った作品で構わないけれど、少なくとも、もっと研究するべきだと思う事が多々ある。

今日のはその中でも凄かった。しっかり見ていたわけではないが、急に聖書の文言が出てきたので、なんだろうと思って、いい加減に聞いていたところを聞き耳を立てた。

「一粒の麦が地に落ちて死ねば、多くの実を結ぶ」の言葉を、故意に曲解しているとしか思えないような解釈をしていた。その解釈、「多くの人を救うためなら、一人ぐらい死んでも構わない」のだそうだ。この言葉を人殺しのいいわけに使っている。なんだか物騒な解釈で、この言葉を発したキリストは、迷った一匹の羊を探し出すために、迷っていない羊の群れを放置しているんだけど、これをどう解釈するんだろうね。大方自分の好みの羊を一匹探すためには、他の奴らは構わんでいいとかいうのかも。


悪意と言うものは、どうしようもない。悪意で持って言うなら、なんだってどうでも解釈できるさ。