naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

パウロのゾーエー

ということは・・・

私はカトリックの家庭に生まれて、子供の時から聖書の表現を日本語で聞いてきた。日本語で聞き、日本語で考え、わけのわからないラテン語とわかったつもりの日本語の祈りを唱え、肝心なのは日本語で「信じて」きた。

今さらながら疑問に思うのは、日本語で信じた内容は、実は日本語で納得する「信仰箇条」の内容とは、本来次元の違う内容なのではないのかと言う事。

エスは「神の子」と言う表現だって、「聖霊によって宿り、処女マリアより生まれ」と言う表現だって、「十字架につけられて葬られ、三日目によみがえり」という、キリスト教の根幹に触れる「信仰箇条」だって、日本語が表現できる次元を超えている現象の表現なのではないのかということ。

エスは死んで復活したことになっている。しかし、昨日から問題にしている「命」の意味の違いを考えていると、「死んだ命」は肉体的生命だろうが、「復活した命」は「ゾーエー」だろう。

いくら復活を信仰したところで、復活したイエスが、町を歩いていたり、スーパーに寄って買い物したり、一緒に飲み明かしたりするような姿を、誰も「信仰」しているのではない。

たとえ、この世の命を持った人間が、「イエスと出会った」としても、その出会いは、庭掃除をしているイエスに出会ったような出会いではなく、「魂に対する魂の直撃」によって「出会った」と言うことなら、納得可能である。

パウロの出会い体験も、そのような出会いであり、それによって、新興キリスト教の迫害者であったパウロを宣教者にしてしまうほどの体験であった。パウロが宣教者とならなかったら、この世にキリスト教は存続しなかっただろうと思われるような、ゾーエーとゾーエーの出会いであった。

実は私はパウロが嫌いである。

いくらゾーエーとゾーエーの出会いを体験しても、彼の本来の人間としての性格は、彼の書簡のそこここに表れている。私は女性だから、彼の女性蔑視の発言に頭にくる。迫害者としての彼が向けていた熱意を、回心後の彼が布教に向けたとしても、その熱意の向け方は鼻につく。彼はもともとファリサイ的だから、迫害者になりえたので、回心後の発言の中にもファリサイ的な表現に満ちている。教条的で傲慢、独りよがりで強圧的・・・

などと考えていた。

ゾーエーの発見によって、私の受け止め方が変化した。

エスのゾーエーはパウロのそういう性格を必要とした。布教にはパウロ的熱意が必要だったのだ。人間はみんな自分の生きる社会と歴史の影響のもとに生きていて、性格だって生き方だって、それによって形成される。女性蔑視は世界中の古典的宗教の特徴であって、釈迦がそれを否定しても、のちの仏教者は釈迦の言葉として、女性蔑視の思想を仏典の中に付け加えたそうだ。(10月16日のNHK教育番組に「こころの時代」より)イエスは教えを広めるにあたって、社会的弱者であった女性の側に立って、常に女性を擁護した。彼自身は人類を平等に見ても、社会がそれを赦さなかったことは、当然の成り行きだったのかもしれない。

しかしイエスパウロの熱心さを必要とした。なにより彼は義務と考えたことに関して異常に責任感と熱意があったから。彼のゾーエーを直撃することによって、パウロをこの責任感と熱意をイエスに向けるように回心させたのだろうなあ。

と言う風に、自分の世界にとどまって独り言を言っているけれど、キリスト教だの、聖書だのに無関心な方、どうか私の独り言は看過してください。