naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

上着を取られたら下着まで

上着を盗られたら下着もやれ」の意味。

私は今、上着も下着もパンツもブラジャーも盗られた。それでも何かやれというなら、旦那のふんどしでもくれてやろうか、とも思う。

でもキリストと呼ばれたイエスの言葉の意味は、そんな皮相な意味ではない。別の場面での彼の発言を集合して見ると、彼はもともとこの世の幸福の追求などのために生まれて生きて死んだのではないのだ。

彼の答えによっては彼を貶めるために発せられた、神人皇帝に税金を納めるべきか否か、と言う質問に対して、彼は言う。

「チェザルの物はチェザルに返せ、神の物は神に返せ」

彼が問題にしているのはこの世の支配者、この世の秩序、この世の栄枯盛衰、この世の安定、この世の幸福ではなく、魂の世界のことなのだ。

上着も下着もパンツもブラジャーも、この世の価値であって、この世の価値を追求する者には、この世の価値だけ相手にする人間として扱え、右の頬を打たれたら左も出してやれ、とは、文字どおりそうすることではなくて、他人の肉体を苦しめる者に、肉体はいくら痛めつけられても神に向かう魂を傷つけられないことを見せてやれ、と言っているのだ。

「敵を愛せ」とは、敵に抱きついてブッチュせよと言っているのでなくて、神に向かう心にとって、肉体的物質的攻撃をしてくる「敵」に対して、魂の勝利を見せてやれという意味だと、私は考える。肉体的に物質的に攻撃し、侵略し、相手のすべてを奪ったことを勝利と考える「敵」にたいして、魂の尊さで持って報いよ、と言っているのだと、私は考える。

あるサイトで、3000円のカンパをしてくれた一人の女性がいた。私はこの3000円が3000円だから、涙が出るほどうれしかった。会堂の献金箱に、自分の指輪を入れた女性の話を思い出した。イエスはそれを見ていた。彼が見たのは指輪のこの世的価値でなくて、心だった。

3000円の価値は、盗まれた全財産の価値を超える価値であることを見逃さないお方を、「救世主」と我々は呼んでいる。

そういう心たちが、私に生きろと言い続ける限り、私は生き続ける。

そして私は、「敵」の背中に呪文を投げかける。

「あなたのこころに主の平和!」