naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

こんな解釈もあり

未だ、「敵を愛せ」の意味を掘り下げている。なにしろ思考回路がへんてこだから、とうとう、その本質を創世記までさかのぼった。

早く言っちゃうと、神様とやらが天地万物の創造主なら、詐欺を作ったのも神様じゃねいか、と言うところまでさかのぼったのさ。

これって、めっちゃ面白い。

冗談やめて、真面目腐って言い直すと、「どんな被造物も意味があって作られた。どんな被造物にもその存在意義がある。」なんての。「私も詐欺も同じレベルの被造物で、自分だって、なんのために使われているのか、わかりゃしない。」「自分の瞬時の行動を、わかって行動している奴なんていやしない。」

私はエルサルおしんを教育したことになっている。しかし私は彼女の存在さえ忘れていたし、思い出して昔のことを考えても、「自分の意志」として善行をやった記憶がない。それを彼女はえらく恩義を感じていて、話聞くたび、「え?」と反応するしかないほど、身に覚えのない「善行」なのだ。

これって、めっちゃ面白い。

詐欺の方だって、自分の行動の意味なんて考えていないだろう。盗んだ金を山分けにして、高跳びして、何食わぬ顔で生きているだけだろう。たぶん、次の犯行をたくらんでいるだろう。

そういう変な被造物を、神様とやらは利用するらしい。と、思ったら、これって、めっちゃ面白い。

以前仏教の本を読んでいたら、こんな言葉にぶつかった。「キリスト教徒は『敵を愛せ』とかいって、さもそれがキリスト教の本質みたいに言うけれど、仏教徒にとって、『敵』などいないのだ。」

ほよ?と其の時思った。

ま、敵がいないとやりにくいけどネ^^。

ところで、すべてのものに存在意義を与えて創った神とやらにとって、被造物を「敵」と考えるのは人間側の思い込みに過ぎないのだから、「敵と考えざるを得ない被造物」であっても、その意味を考えてその存在を受け入れよ、と言う要求なら、受け入れてもいいぞ。

そんな風に考えちまった。

だから、「とりあえず」呪いの言葉を引っ込めて、祝福の言葉を送っておいた方が、無難かも。と言うところに落ち着いたのさ。

苦しいネ^^。この解釈。でも、こんなのもあり。私も何に使われているかわからない生き物だから。