naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

また考えている

娘が一昨日友人のところに行って、泊まってきたから、昨日帰った。今日はまた友人が招待してくれたとかで、どこかにスキーに行った。冬服がほとんどないので、私のを貸そうとしたら、ファッション上婆向きのものは着られないとかいって、夏服同然の姿で、スキー場に行った。いくら友人がスキー用品すべて用意するからと言って、零下何度じゃないと、雪って降らないのにあんな姿で、良いんだろうか。8歳の息子を死にそうな婆に残して行くなよ、という声を振り切って、朝方出て行った。
どうもヤフー関係が不具合が激しい。チャットもできないし、ツールバーも消えちゃった。なんでだろ、なんでだろ。


昨日は、英語初日。私は凄く正式な英語をモノするざあます英語を習ったから、どうも正式なざあます言葉が出てしまう。ちょっとまずいなあと思って、現代口語の研究を始めた。日本語だって私は生まれ育った家庭の言葉を180度転換して話しているのだから、英語だけ顔にもにない言葉遣いをすることない。生きている限り開拓精神で。

ところで、100万円を借りて、未だ50万円しか返していない友人が電話してきた。借金の返済気にしなくていい、と言う。ぎょぎょ。残りの50万は、手つかずのまま銀行にあるから返せない状態ではないけれど大事を考えて、エルサルバドル出発直前に返そうと思ってその旨連絡しておいたんだけど、逆に気になったらしい。

そんな、気にするなと言われたって、気にするに決まっている。踏み倒す気はないし、あちらに行けば、年金が手つかずになるから、大事を気にせず返すつもりだった。

それに今、天から降った収入を得たばかりだ。あれ以来、浄財によって生きてきた。昨日初めて、自分の力で、収入を得た。それでも私はその収入が、「天から降った」ように見える。+のものはすべて「天から」と考える癖があれ以来ついた。そしてその「癖」もとんでもなくプラスの考え方から来る「癖」だから、私はあの詐欺さえ、「天から降ってきた」ものではないかと思い始めている。まあ、それは自分に降りかかるすべての出来事に対する「意味」の取り方であって、詐欺を肯定しているわけではない。

あの詐欺は私と出会った。詐欺にとって、その事実に意味があるかないかの判断は、私の出る幕ではない。でも私は自分勝手な祈りと称する行動のなかに、思い浮かべることがある。