naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

偉そうな話

一週間の中に区切りがある間は、人はボケないのかもしれない。

松戸市は、ゴミの分類が日本1うるさい。月曜はリサイクルできないプラスチックの日で、火曜は台所のゴミで、水曜は資源ごみと放射能汚染ゴミで、第1,2,4木曜は台所のゴミで、第3木曜は陶磁器、ガラスなどのゴミで、金曜はリサイクル可能なプラスチックごみで、土曜は台所のゴミと言う風に分類されていて、違反したゴミは持って行かない。記憶力の優れた30代だって、そんなこと一々覚えていられるかい。

それを私は松戸市に住んでいるおかげで、いちいち正確に覚えている。つまり松戸市は老人のボケ対策に力を入れているらしい。昨日の爺婆倶楽部だって、松戸市の対策の一環だ。毎年の定期検診で要介護寸前の診断を受けた爺婆対象に、予防措置として、理学何とか士の指導による体操教室を設けた。私はたまたま住んでいる地域に空きがなくて、自転車で30分もする地域の行った事もないクリニックに振り分けられたから、そこにやってくる人々と面識がない。

そこに来るのは、どうもほとんどが80代らしい容貌の老人たち。姿勢を見ただけで、体に異常を抱えている事がわかる人々だ。あの中に入ると、私は「屈強」に見えるし、自分もそう感じるから不思議だ。自分で練習したからだけど、片足立ちがしっかりできる。姿勢も、「言われれば」まっすぐできる。握力は若いころの3分の1になったけれど、別に物を落としたりはしない。言われた3けたの数字を3個^^記憶できる。

それが木曜日午後1時から。あとは、気候によっては行かない日曜のミサだけど、自転車で50分かかる。幹線を通れば30分で行けるのだけど、怖いからなるべく自動車が通る道を避けて遠回りで行く。今は、寒すぎて行ってないが、英語に来てくれる人が日曜を選んだおかげで、世の中に「曜日の区切り」がある事を忘れないで済む。

朝テレビをつけるのは、曜日を確かめるため。天気予報とテレビ体操が終われば消してしまう。東電対策の電気節約のためではない。朝はそれしか有益な放送がないから。朝覚えた曜日は一日覚えている。と言うか、なんだか、曜日を唱えながら暮らしているみたい^^。

で、このブログ、毎日ここに書きこむ前に「メモ」に書くのだけど、書くとき必ず日付を書く。ブログには、私が書かなくてももともと時刻まで書いてあるから、お任せすればいいのだけど、自分で確認しながら生きないと、記憶装置があいまいになる。よろず、「自動」に頼れば、人はみんな退化する。自動で何でもできると思って育った世代は、火も起こせないし、土に穴も掘れない。ぼっとん便所をバカにしている水洗世代の人間たち、災害が起きた時、どうすんのよ。

識字率100%で「自動信仰」育ちの日本人の子供なんかより、路上で暮らす中南米の文字の読めない貧しい子供たちの方が、よほど次世代を担う強さを持っている。文明の発展は素晴らしい事だ。しかし、教育をするなら、「過去」をバカにして「今」を誇りにすることばかり教えているなら、そういうやつに見込みはない。

「結果」ばかり教えないで、「過程」を教えないと、生き抜く力のある人間は育たないよ。