naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

体調悪い

体調があまり良くない。非常に微妙なのだけど、体感がほとんどできないような地震みたいなものを感じていて、ゆらゆらと目が回っている。それでわずかに吐き気がする。

どう言うわけか、昨夜、眠れなかった。起き上って、しばらく、本を読んだり、一人トランプをしたりして、疲れを体に誘ってから、寝たのだけど、御蔭で今朝起きたら、腰痛に悩まされた。

実はずっと考えていた。これからどうやって、自分のスタンスを生き続けることができるか…。それほど私は自分が生まれて「まだ」生きて行く意味を肯定したかった。私が強欲なために誘惑に負けて無一文になったと、腹の底で思っている人がいるのを私は知っている。腹の底でなくても、面と向かってわざわざ電話をかけて来て言う人もある。

たぶん、それが常識なのだろう。自分は子供の時から常識を欠いた人間だった。だから「一般人」の意見に反論する自信がない。私は、ある意味、常識を選ばなかった。

私が強欲だったなら、持っていたお金をもっと人生楽しむために使っただろう。そのお金を元手に、夢の世界の遠い国の路上生活者の子供を集めた職業訓練校の奨学資金を生み出したい、などと、考えなかっただろう。私は身の程知らずな非常識の極みを生きていた。無一文になったいま、それでも私は夢を見た。

無一文でできることは、何なんだろうと、私は本気で考えた。

突然、話変わるけれど、マザーテレサの伝記を読んでいたら、こんな1節があった。仲間が一人治療不可能な病に倒れ、どうしても療養のために、修道院を離れなければならなくなった。自分はもう、死ぬだけで、残りの人生をなににも役に立てることができなくなったのだと嘆く仲間に、彼女が言ったそうだ。

私は体を使って仕事をするから、あなたは私が仕事ができるようにただ祈り続けてください。体が動かなくなったあなたの仕事は祈る事なのだ。

その言葉を、私はその時は、いい加減に読み飛ばしていた。病に倒れたマザーの仲間も、自分の本当の思いは、自分の体を使って人々の役に立つ仕事をすることだった。その能力が失われても、自分の初めの思いにこだわった彼女は、自分の無力を情けなく思い、生きている事がむなしかった。それを嘆く彼女の思いは、たぶん、自分の存在意義を疑う苦悩だったのだろう。其の事を私は痛いほどに理解する。

ところが、マザーは各自の存在意義など、自分で決めるものではない事を病に苦しむ仲間に気付かせた。あなたのできること、病の床でできること、それは「祈り」だと。

私の存在意義も、私が勝手に決めなくていいのだ。金がなければ意義のない存在なんてもしかしたらないのかもしれない。すべてをもぎ取られて発見できるものが、本来のお前の存在意義だ、と、私は夢うつつにふと思った。

私は多くの人に助けられ、友人の存在の発見がせめてもの、今回の出来事の「有意義な結果」だと、無理して思いこもうとした。本当は、福祉の対象になってしまったことに、腹の底から情けないという感情がわいて湧いてしようがなかったときに、私は多くの友情を得て、幸福だ、と言い続けた。かの地に行って、識字教育でもできたら嬉しかろう、などと、やっぱり私は自分が作り上げた自分の存在意義にこだわっていた。

あれは、無理な考えだと、本当は自分の事だから知っている。

でも私は、昨夜、いろいろと考えながら、病の床でできる「祈り」の話を思い出した。

祈りか…。と、自分は考えた。そして私は、ずっと唱え続けてきた、多くの人が冷笑するあの祈りを思い出した。私の祈りを知ったなら、祈られている本人たちが冷笑し、当惑するであろうあの祈りを思い出した。

私ができること、私の存在意義、私がこの出来事の結果得たもの、それがあの祈りだったのか…。

それではそれを、私は死ぬまで唱え続けようか。それならば、めまいがしても腰痛でも、うごけなくなってもつぶやき続けることができる。

藤川さん、竹内重夫さん、松村さん、秋山さん、あなた方の背中に主の平和!

善人なおもて往生す。いわんや悪人をや。