naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

アンチエージング

アンチエージングと言う言葉

私は70歳の婆さんで、70歳の婆さんのような容貌をしている。婆チャリに乗るが、歩くときは杖をつき、骨粗鬆症とか言う診断を受けて4年、骨の増強剤を飲んでいる。と言っても医者はボナロンと言う薬を勧めていて、それは「治す」ための薬ではなくて「悪化を防ぐ」ための薬だと言っている。「増強剤」と私が言うのは、いわゆるサプリメントで、グルコサミンだの、コンドロイチンだの、なんとかカルシウムだのと言う成分が入っている。

それは骨の痛みや老化から来るさまざまの苦痛を逃れるための「おまじない」なのかもしれないが、それを「アンチエージング」とかいう言葉でいくら宣伝しても、まさか「老化が遅れ」たりするわけない。アンチエージングとは、「老化に抵抗する」という意味にとれるが、抵抗したって、生き物はみんな爺婆になる。それらのサプリメントは、老化による様々な不具合に対処するためのおまじないにすぎない。

実際は昨日より今日、今日より明日、確実に老化は押し寄せて来ていて、いくら抵抗したって必ず死ぬことは否めない。要は、生きている間、せめても痛みから逃れよう、寝た切りを回避しようというだけの処置にすぎない。そういう処置は、私も取っている。特に一人暮らしで寝たきりになったら、真っ青で、死ぬ前の1週間もがき苦しんで、数カ月後、白骨体の発見なんて言う事態を、やっぱり回避しようとは、一応しているつもりだ。

人は、外見を気にする動物らしい。しわが寄ればしわを伸ばす化粧をし、白髪になれば黒く染め、肌が乾けば10種類くらいのクリームや化粧水を塗り込み、歯が抜ければ入れ歯をし、目玉には青目のコンタクトまで入れるらしい。

本当はしわくちゃでひっからびている自分を見るのが怖くて、1秒でも「若く見せる」ためには、凄い財産を使っているようだ。自分の人生の終盤で、それしか考えることがないなら、好きなようにするのはいいけれど、これでもかこれでもかと流されるテレビのCMにはうんざりする。あれは「商戦」であって、人間の成長と「誇り」の事を何も考えていない連中の脅迫による「人間操作」なのに、人はそれに踊らされる。

もう少し「事実」をしっかり眺めて、人生の終盤、落ち着いたらいいのではないかと思う今日この頃である。