naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

蝋梅

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近所に引っ越しをする人がいて、蝋梅の古木を置いていった。数人の人がそれを欲しがったが、株が大きいので、ちょっとやそっとで抜けない。それで更地に知る業者が入った時、頼んで、重機で庭を起こす時、蝋梅を抜いたら、置いていくように頼んだ。そうすれば、大きな株だから、分けることができる。チェーンソーを操ることができる私が、それを引き受けた。

昨日は雨で、体調が悪く、一日めまいで外に出られなかったが、今朝は案外気分が良くて、天気でもあったから、ゴミ出しついでに、例の蝋梅がどうなっているか見に行った。昨日雨の中を蝋梅を半分欲しがっている女性が来て、私が花畑にした斜面に、蝋梅をたくさん挿し木したと聞いたから。

それでぎょっとした。

蝋梅は、欲しがっている人が近所に2人いて、根わけして移植しやすいように、2人立ち会いのもとに、先日私が幹をかなり切り倒した。それを元の持ち主の家の駐車場に入れておいたが、立ち会った2人が切って、ゴミ集積場に持って行くはずだった。ところが、家の斜面に挿し木したという話だったので、行ってみたら、私が丹精して作った花畑の上に、ばらばらにした枝が放置されていた。それは「挿し木」と言うようなものでなく、ゴミとして放置しただけだ。しかも、まとめもせず、できるだけばらばらに。すべての花が「均等に」倒れるように。

いくら挿し木になるといったって、あんな太い幹を「挿し木」できるわけがない。これやった人、よほどのバカだ。

かなり腹を立てた。私が7年かけて、ただ通行人が楽しむだろうと思ったのが理由で、あの斜面のゴミを片づけ、電線にかかる枝を切り、これでもかこれでもかと捨てられるごみを、ただ黙々と片づけて作った花畑を、7年間滅茶苦茶にするのは、その向かいの家の引っ越したばかりの人だと、私は思っていた。喧嘩を避けてきたが、いつも山積みにされていたのは、彼女の家の草木や生ごみだったから。

ところが、やっと今になって、その張本人を発見した。元住居人の友人で毎日毎朝彼女の犬の散歩を引き受けていたために、彼女の家族だと思っていた女性だった。彼女はただの犬友達で、親しさが高じて、犬ばかりでなく、犬の主も世話をしてきたらしい。道理で犬の主本人は、私がゴミを片づけてせっせとゴミ集積所に運ぶのを偶に気がついたようにやってきては、謝りながら、白アスパラなどを置いていったのか。喧嘩しなくて正解だったなあ、と思うが、それにしても、あの友人は無神経だ。なにしろ咲いている花の上に、ゴミをかぶせたんだから。

でも、犯人が見つかって、これがたぶん最後だと思ったら、やっぱり私は黙々と片づけにかかった。放り出された太い枝を10本以上、家の庭まで引きずってきて、チェーンソーを使って適度な長さに切り分け、束を4個作って、放射能汚染ゴミとして処理される来週の水曜日まで待つことにした。重みで前にのめりそうになりながら、これも自分で作った斜面の階段に載せた。そこが一番集積所に近道だから。

それで午前中はおわり。久しぶりの労働でかなり疲れた。

でも、もういい。あの人はゴミに無神経だったが、友人と犬には親切だった。私がここに引っ越してくる前から、つまり10年以上、彼女は無償で、友人と犬の世話をし続けた。家の掃除も彼女が引き受けた。其の時に出たごみは、みんな私の花畑に捨てたらしいが、黙々と街の美化を続ける私には、おそらく彼女のような人の世話はできないだろう。彼女の友情に免じて目をつぶろう、と私は思った。

7年間の花ゴミ戦争は終結した。勝者も敗者もいない。なんとなく、むなしいけれど、人の心はそんなに悪くない。