naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

オリンピック嫌い

世の中オリンピック一色。小学生の時から運動競技に夢中になれなかった私としては、早く終わってくれないかなと思う。

私だって、一応、日本選手が勝つとうれしく、負けると気が沈む。にくらたしい国の選手が勝って、誇らしげにしている顔を見るのは、楽しくない。オリンピックじゃないけれど、国技の相撲だって、最近は外国人ばかりが活躍しているから、内心気分良くない。私はそんなに心が広くないのだ。

実は、オリンピックっていう国際行事は、そういう民族の気持ちをかきたてられることが2週間も続くから、余計うっとうしい。たかが運動能力の競い合いなんだから、静かな気分でいろったって、人間はみんな身内びいきだ。腕相撲やっている自分の子供を見たって、じゃんけんだって、自分の子供を応援するよ。相手が勝って喜んでいるから、礼儀としておめでとうと言うとしても、内心複雑な心は誰だって持っているだろう。

私は小中高大学、または教職時代を通して、体育会系の先生とウマが合わなかった。あっちも私を嫌っていた。運動能力がなかったわけではない。足は速かったし、三半規管の故障のせいで平衡感覚が欠けていたけれど、それも物凄い訓練で自分で克服するという努力をしていた。

努力のあと、どんな結果が出てもだれもそれを認めようとはしなかった。体育会系の先生って生徒が兵隊のごとく従わないと、したがうまでいじめるのが常である。能力がどうの努力がどうのと言う問題じゃなくて、従わない人間は人間扱いしないのだ。

それは教師どおしの間の事でもそうなんだから、始末が悪い。あの連中、人はすべて自分に従うべきだと思っている。

私は兵隊じゃアないし、兵隊の素質も持っていない。だから、いつもあの連隊長みたいなやつとはうまが合わなかった。

テレビで競技を見たり、勝敗に一喜一憂しているアナウンサーの声を聞いたりすると、先に脳裏に浮かぶのが、馬の合わなかった先生たちの言葉や態度で、馬だけに、トラウマになっている。

オリンピック、早く終われ、と私は毎日念じている。