naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

いろんな思い

8月1日

日中は暑くて何もできない。早朝、例のごとく外回りの草を集めて、袋を作り、気になっていた吉田のばあちゃんの花畑の草を全部抜いた。よたよたになって朝風呂に入ってからやっと朝食をし、それからはもうなにもできず、寝て暮らした。

何もできないんだから寝るに限る。ときどき絵筆も取ったけれど、うまくいかない。明るい間はただうつらうつらしていた。夕方になって、やっと起きだし、マツモトキヨシに、虫除けの薬を買いに行った。外回りが済んだので、家の崖の木をもう少し刈り込まなければならないから、虫除けは必需品だ。

一日うだうだ過ごすと、夕方の自転車散歩は必要だなあと、運転しながら思った。夕方と言っても5時台だからまだ明るくて、夕日が眩しい。相変わらず交通規則を守らない自転車や、よそ見しながら歩いているよたよたしたおばさんだのをよけながら、運転するのは、運動神経を鍛えるうえで良いかもしれない。

1日何もしなかった分、少し店で過ごそうと、いろいろ見て回った。100円ショップにある便利なものを、今度エルサルバドルに帰る時、持って行ってやろうと思っている。なにしろ食器が足りない。大工道具も足りない。あの国で過ごすのに、自分が主体的に行動するのに必要なものをこちらから持って行った方がいい。そう思っていろいろ物色した。
---------------------------------------
8月2日

今日は外回りの仕事をしなかった。それで日中案外元気だった。9時頃、近所の農家の野菜販売所を見て来ようと思い、自転車で出たら、よさそうなものがたくさんあったので、キュウリやナスやオクラをどっさり500円分買った。

なにしろ、まっすぐなきゅうりは5本で100円で、曲がったキュウリは10本100円だから、曲がった方を買ったんだけど、なんだか馬蹄形のキュウリって、おもしろい。そのまま、馬蹄1足分をみそつけてかじって食べた。

それから、また100円ショップでも見物に行こうと思って自転車を走らせた。食器をエルサルに運ぼうと思っているのだけど、いろいろ見てから、最後で良い。陶器をあちこち見て歩いた。

家に帰ってちょっと休んだら、描きかけの絵を描く気になった。長い事手掛けていた奇木はもうすぐ出来上がりそうで、描きかけの3枚の絵を一気に描いてしまいたかった。いずれもエルサルで今回スケッチしてきたもので、だから、日本の植物ではない。

受けるかどうかより前に、理解されるかどうかわからない奇怪な植物ばかり。ま、夏だからいいや。寝ては描き、寝ては描きしてみた。案外整ってきて、これで押し切ることにした。

贅沢しなければ、旅費と2ヶ月の食費は確保した。後は、額縁代がどのくらいになるかだけ。正確な計算はしていないけれど、たぶん、ネットで見つける方が安くつきそうだ。注文して絵に合わないものが来たら、この前みたいに自分で額縁に手を入れればいい。自画自賛だけど、その方が個性的ないい物ができる。なんて思った。

明日は早朝、久しぶりに江戸川まで散歩に行きたいと思った。自転車散歩の解放感は、蚊帳の中に3カ月いた私にとって、尋常な思いではない。アクエリアスときゅうりを持って行こう。ちょっと楽しかった。

ところで、今朝心をこめて草抜きして清掃した、吉田のおばあちゃんの花畑の上に、車が駐車しているのを見た。それはおばあちゃんの隣の家の車で、2台目を買ったから自宅の駐車場を工事中だとか。なんで、駐車場を作ってから買わないんだろう。

あの花畑は吉田のおばあちゃんの癒しの場所だった。私しか草抜きする人がいないから、3カ月の間に草が膝の高さまで伸びていた。この前やせ細ったおばあちゃんが出て来て、私に挨拶した。

「娘さんの病気どうなったの?毎日毎日念じていたのよ。快方に向かっているの?よかった。ここね、春に花が咲いているの、見たけれど、こんななっちゃって、自分は草ぬきもできないし、腰も曲げられない。」と言っていたので、私は草抜きを約束したんだ。

やっとすべての草を抜き終わった後、わずかに残った菊を残しておいたのに、隣の車が其の菊を押し倒して、まるで自分の車のために草が抜かれたように我が物顔でのさばっていた。

なんて心ない事をするんだろう…と私は思ったが、もう私には、物を言う元気がなかった。

だいたい、あのおばあちゃんの花畑の草抜きなんか、家族さえしないんだ。抜いた草を入れたビニール袋が10個置いてあっても、ゴミ集積場まで運んでくれるのはまるで関係のない猫のおばさんだけ。所詮「心ある」ことを期待したって意味ない人間たちの集まりだ。

あのおばあちゃんは、毎日毎日娘のために、南無妙法蓮華経を唱えてくれたんだ。自身は病気でデイケアの車に毎日のって行く身で、私を見かけたらよたよた木を伝って来てくれた。娘さん、生きてるの?生きてるの?と言いながら。

宗教なんかどうだっていい。娘のために心配してくれた。そういう心ある人のために、できる事をしただけ。それを踏みにじる人なんかのこと、考えなくても良い。

車をちょっと蹴っ飛ばしてやりたかった。