naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

奇すしき跡を奇跡と言う。

二日前、宅急便が来た。だいたい期待していた宅急便は、全部来たはずなのに、なんだろうと思って、差出人の名前を見て驚いた。この前遠路はるばる絵を買いに来てくれたご仁じゃないの。え?なんだろうと思って開けてみたら、ブドウやナシやいちぢくなど、果物がどっさり。一本お酒まではいっていた。わわわっ!

冷蔵便でお酒はもう冷えていたが、来たのがお昼前だったので、夕方まで待つことにした。実は日本酒に飢えていた^^。

ブドウとイチジクを味わった。外側から見ても、取り立てで懐かしい顔をしていたから。それは市販のブドウやイチジクに無い「ある顔」をしていた。

昔育った実家の庭に、ブドウもイチジクの木もあった。

ブドウは棚があったわけでなく、自然に庭のもみじの木に巻き付き、房が子供の私の登れそうにない高いところになっていた。兄が登って一人で食べ、俺の皿を1週間洗えば一粒やるとかいっていた。で、その時の「野性」に近いブドウの「顔」と送られたブドウの顔が似ていた。

イチジクにいたると、私は実家で食べたイチジクみたいな甘い美味しイチジクは食べたことがない。でも送ってきたイチジクの顔を見た途端、これはあの実家のイチジクの味がしそうだ、と思った。で、洗いもしないでかぶりついたら、思った通りの懐かしい味がした。市販されているイチジクはどうしてあんな味もそっけもないんだろう。

メールでお礼書いたら答えがあって、近隣の農家からもらったのだそうだ。やっぱりそうなんだ。あの味はどう見ても、取り入れてから箱の中でできた味じゃない。買ったものじゃない事が凄くうれしかった。買ったものかもしれないけれど、そういう心遣いがうれしかった。

あの災難以来、私は、娘にいわせれば、「奇跡の出会い」ばかりに恵まれてきた。失ったものの金額と、等価値では測れないあの「見はるかす遠いところから来る」「奇すしき跡」が心にずしんと感じられるような。