生きる地盤

エルサルバドルではまだ7日。このところ、こちらの国では、1日の半分、豪雨。降り始めたら、お互いの会話が聞こえないほど。世界の気候は完全に変化している。昔30年前、この国にいたときは、雨の季節は8月だった。そのあと風の強い、涼しい季節になり、クリスマスごろはからからの乾季だった。8月の雨は激しかったが、それでも長続きせず、ドドット降って、あとは晴れていた。

今、10月になってから、毎日激しい雨が降る。雨傘を持ってこなかった。まあ、その代わり、少しこの家の手をつけていない裏庭を開墾しようと思って、日本で野良仕事に使っていた虫除けの網状になった上下の野良着と100円ショップの雨合羽を持ってきた。この気候でビニールの雨合羽は暑いけれど、重宝している。

娘が私を見て、今回は生きるのに積極的になった、とか言っている。4月に来たときは、あまりにも急激だった。お金がないうえに、娘が癌で手術だという急報に驚いて、とるものもとりあえず、友人たちのカンパに後押しされて、全くなにも心の準備もないまま、自分の生活必需品さえ持たずに駆けつけた。

71歳の自分の体の状態を知っていて、かなりきつい旅の後、いつ帰国が可能かもしれない身を覚悟して、私は今回、できれば自転車を手に入れたいと思って、ヘルメット持参できた。日の差さない裏庭は、ほとんど放置されていることを知っていたので、野良仕事もできるかもしれないと思って、その準備もしてきた。っていうのは、自転車と野良仕事は、生きるのに欠かせない自分の存在の一部になっていたから、それで自分をつなげたかった。

準備のとき、私は日本語を教えるとか、識字教育とか、かっこいいことは一切考えなかった。自分が自分らしく生きないことには、他人のことなど考えられない。自分の生き方を確保すれば、おのずとその先は続くだろう。そう考えてやってきた。それが娘に見えたんだな、変な奴だけれど、相変わらず、目が良いんだ。そう感じたら、薄気味悪くもあったが、安堵した。異常な期待をされたくなかったから。