naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

午後のよもやま話

さっき、移民局の人が面接に来た。電話で知らせてこないで、抜き打ちだからきれいに片づける前だった。しかたない。通して面接に応じた。相手は若い。若いなあと思いながら質疑応答を続けた。話を聞いてみると、どうも娘と同い年らし
い。娘が生まれた年というのが、ロメロ大司教受難の年だ。それがこの国の年代わけの基準になっている。

テキパキとした、感じのいい若者だった。

しかし私には、何年にどこにいた、という質問は、弱い。内乱のどさくさは、内容は覚えていても、年号は無理だ。正確にはなにも覚えていない。子供が何年に生まれてぇ、4歳のときに日本に行ってぇ、主人が日本で18年務めてぇ、いま何歳だからァ、たして引いて、何年かな・・・などとあいまいな返事しかできない。

でもともかく面接が終わった。私がエルサルバドルの永住ビザがとれるかどうかという手続きだ。返事は11月第2週に来るそうで、つまりそれまで動けない。主人の休暇が出たら、マヤの遺跡に行きたいんだけど、上手くいけばいいな。

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娘が持ってきていた油絵の一つが、ひどく変色しているので、修復しようと思った。日本にいた時から考えていたので、「ルツーセ」と発音する修復に必要な液体を持ってこようと思ったが、スプレイ缶なので手持ちでも輸送でもできない。仕方ないから、現地調達を考えて、缶に表示してある文字を写そうと、よくよく見たら、「retoucher」「retouching vernish」と書いてある。これがどうして「ルツーセ」と読むんだろう、不思議に思った。どう見たって英語だし、英語でこれをルツーセなんて読まない。そのまま文字を書きとめて、近所の画材やに行って見せた。「これください」

若い子は即座に「ない」と言ったが、奥にいた婆さんが出てきて探してくれた。どう見ても英語の癖に、発音がルツーセの物体は、あまり需要がないと見えて、かなりラベルも古かったが、何とか見つけた。

絵を描き始めた。というより修復を始めた。懐かしい油絵のにおいに、油絵の世界に入って行った。

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1時40分。今日最初のパンが焼けた。量は同じつもりだったけれど、なんだかいつもより大きく膨らんでいる。しかもいつもよりうまそうに見える。腕が上がったのかな。機械が気まぐれなのかな。

めまいがするほどおなかがすいているのだけど、人任せの昼食は、まだ始らない。ああ、勝手に作りたい。