グアダルペの聖母

グアダルペ教会に近い通りは、12月12日を中心に、お祭り騒ぎになるそうだ。その日が、例のグアダルペの聖母のお祭りの日だそうで、お祭り騒ぎは面白そうだから好きだけど、源泉をたどる癖がまだ消えないので、ちょっと検索してみた。

初め「メキシコの守護神」という名目で検索したら、なんだかスポーツ選手の名前なんかが出てくるので、お門違いだと思い、「グアダルペの聖母」という名で検索してみた。

で、その結果、そのマリア様は、やっぱりメキシコで湧いたらしく、肌の色も浅黒いのだそうだ。ファナティックな信者の幻影だと思うけれど、幻影に「踊らされる」人間の存在も「現実」であることは間違いない。私もかつて、「幻影」を見て、自分の人生を決定し、しかもその影は今にいたるまで失せていない。それが民族を丸ごと包むほどの幻影だとすると、そりゃあ、科学なんかで太刀打ちできない。

ただし、マリア様が映っているマントのマリア像は、どう見ても、西洋人の手になる絵だと思うけどね。メキシコの原住民は、神の姿をあのように表現しない。アステカやマヤやインカの神々の姿を見ても、どこにもあのような女神の姿は散見できない。西洋的な衣装に西洋的な面影に、肌の色が黒いだけというのは、どうもお粗末な芝居だなあと思う。

まあ、それで、1国の民族が満足するなら、それも良しとするか。スペインの侵攻以来メキシコは苦しんだ。中南米は苦しんだ。その苦しみは、西洋の言う「新大陸」の発見と、その「新大陸」をわがものにするための原住民の殺戮と、支配が目的の一神教の導入の嵐の中で、救いの女神は必要だっただろう。新しい国の再建にはどうしたって人心の統一と、その要のための国の象徴が必要だ。

衆愚支配のどこかの国だって、象徴天皇がいてくれなかったら、収拾がつかなくなるからね。象徴天皇家の存在は、超一級の人間国宝であり、地球規模の世界遺産だと私は思っている。

(すみません。脱線がひどすぎて)