naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

信仰とは

信仰というものは、他人に表明するものではない。まして他人に押し付けるものではない。

まして殺し合いまでして、自分と自分の考えを礼拝し、人に従わせ、おごり高ぶるものではない。

孤独の人生において、あるとき人がであったある感応を、出会った人が静かに一人で生きればいい。その姿を見て心に平安を感ずる人がいるならば、それを「布教」と呼べばいい。

信仰とは、孤独のものだ。信仰において、連帯などというものは、ない。

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ただし、「愛」は連帯かもしれない。自分がお前を愛してやるという態度は「憐憫」であって「愛」じゃない。ヒトは「高慢」を「愛」と呼ぶ。冗談じゃない。

「無に等しく無ではない」自己の発見が初めて「愛」につながる。「無に等しく無ではない」人間どおしが連帯するのを「愛」という。対等でなければ連帯できない。高慢なやつと、私は連帯しない。卑屈なやつと私は連帯しない。

そう言うお前は高慢だ?捨て置け。寝言言ってんだ!