naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

なんだべな

こちらで出会った日本人の奥さんから聞いた話だけど、旦那さんが、カトリックからエヴァンヘリコに改宗してから、デイズニーのキャラクターも禁止だし、キティーちゃんのついたコップも捨てられちゃったし、まだカトリックやっていたお母さんが大事にしていたマリア様の像や壁掛けや絵なども、強制的に捨ててしまい、お母さんがかわいそう、なのだそうだ。子供の喜ぶキャラクターのキティちゃんごときが禁止なら、ドラエモンなんか大変だね^^。私はドラえもんが好きだけど、ドラエモンを信仰対象にしたことはないし、ドラエモンを信じている日本人に会ったことがない。

それにしても思うんだけど、カトリックが布教の際に犯した最大の過ちは、他の宗教に対する破壊行為だけれど、カトリックを批判するどの宗教も、その部分だけは全く無反省に変えないね。仏教徒は仏教だけ平和だとか言っているけれど、豊臣徳川の政権がキリシタン弾圧を300年もし続けて、雲仙の地獄につき落したりしたの忘れているのかな。徳川は「欣求浄土」の旗を持って戦い、仏法を敬って、檀家制度を作って、仏教を守った政権だよ。中南米の国々を見ていると、日本民族にとって、その徳川政権の選択が正しくないとは言わないけれど、一国の政権に守られた宗教が、本来の姿が「平和」だからといって、その罪業を背負っていないというのはあまりに不見識です。政権がある宗教を便宜上であっても「守る」という時、一方に他を「弾圧する」という事実があるのです。

そんなこと言うなら、カトリックの御本尊のイエスキリストは、徹底的な自己犠牲と愛に生きた人間で、殺されても殺すなと言ってますがな。不幸なことに、血の気の多い野蛮人の世界でキリスト教は育ったために、「愛の名において」殺人集団を世界中に送り込むという人間の罪業の歴史をみんな、キリストのせいにされる結果に終わってますがね。

そのカトリックは現在、別にキティちゃんだのディズニーキャラクターだの、ドラエモンだの、イギリスの何とかいうマジック少年、なんだったかな、そういう子供の世界の夢まで否定して、真理にもとる罪なんて言ってませんがな。まあ、この国のマリア信仰には、いい加減私だってうんざりしますがね、あれは『あってもなくてもいいもんだから、有ったっていいでしょ』くらいに、「捨て置く」ことができませんかね。

この私は「余計なものは見て見ぬふりをして」、別に触らずに通り過ぎ、自分は本質を追究しながら生きていますがな。そうでないといつまでもこの地上から、殺戮が終わりませんよ。自分だけが正しい、自分の信じるモノだけ信じなさい、そんなこといって、姉ちゃんたちが携帯につけているストラップとかいういろんなチャラチャラした人形をもぎ取って回るようなことをしたって、意味ないっしょ?あんの?

私だって、ばあさん用の杖に、着物着たウサギなんかぶら下げていますよ。あれ、信仰してませんから。よろしく。