naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

自決か

拘留中の殺人犯が獄中で自殺したという報道に、詳しく読んでないけれど、なんだか実はホッとしている。犯人は女性で、その写真を見た時から、ショックを受けていた。殺人を繰り返した人間て、ここまで恐ろしい表情になるものかと、その救いようもない荒んだ顔に、無関係の私まで落ち込んでしまいそうだった。

そうだったなあ、日本人には、自決という最後の手段があったのだ。人生の中でどうすることもできない、避けようもない事情があって、過ちを犯した人間に残された責任の取り方に「自決」という方法が、合法的に、しかも、他の手を汚さずに自らの誇りを守るという形で、許されていた世界があった。「生き恥をさらす」という言葉もあった。あれは日本だけの価値観だろうなあ、と今急に思った。

その価値観は、生まれた時から宗教のもとで育った私には禁じられていた選択であったが、その方向に走ろうとする衝動は、いつでもあった。しかしそれはあくまで衝動であったから、今まで私は生き延びているのだけれど、これ以上荒むことはできないだろうと思われるほど荒みきったこの女性の写真を思うと、彼女の自決は何か正しい方法のような気がする。被害者家族はそれを「卑怯」ととるかもしれないけれど、彼女が生きてどんな採決が下されたにせよ、被害者がいやされることなどないのだ。

被害者が苦しいに決まっている。しかし加害者は犯行を自覚していればもっと苦しいだろう。加害者家族はさらに苦しいだろう。犯罪の報道にいつもそれを思う。加害者本人が自決したのなら、彼女はそれで自らのできる責任をとったのだ。彼女の家族はほんの少し安堵するだろう。そう思ってはいけないかな。

そうか。自決という選択があったな、と夢に現に、この私も思った。