naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

麻生さんの発言について

麻生さんが、終末期医療の延命治療に関して、「さっさと死ぬようにしてもらわないと」とか言ったとかいう話だ。この人はいつも、無神経にへらへらしながら本音をいう癖があって、政治家としては困った人だけど、全く個人的な意見としては、その本音よくわかる。自分はいま71歳で、無職無収入無一文で社会貢献も何もできず、だれかの役に立つわけでもなく、それでも死なないから「生きざるを得ず」、主人の老親が102歳で、まさに「仕方がないから生きている」状況を見るにつけ、長生きするのは苦痛だと思う。

仏教は四苦として「生老病死」を挙げていて、「生まれること」または「生きること」自体が「苦」であるという考えを持っている。仕事も収入も蓄えもあって、社会貢献を夢見ていた数年前までは、仏教のこの四苦八苦の筆頭に挙げられた「生まれること、生きること」について、疑問に思っていたが、今は、毎日納得している状態だ。

人類はこの四苦の克服のために、一方で産児制限をどんどんしながら医療を発達させたものだから、平均寿命が異常に高くなり、若い世代はいないのに、生まれた方は長生きしちゃって困っているという状態になる。しかも延命治療という曲者は、老齢で病気で、本人は意識も感覚もないのに、治療に当たる医師はひたすらに治る見込みもない、患者を「治療」を続けなければならない。それは現実的に「治療のふり」であって、「老」を治すことなんかもともとできない相談だということは、誰にだってわかるだろう。不老長寿の薬は人類始まって以来の悲願らしいけれど、そればかりはいくら科学が発達しても、アンチエージングとやらのサプリメントをのみこんで、外見が老人に見えない手術をしても、化粧品会社をもうけさせるためだけのキャッチフレーズに一縷の望みを託して化粧をしまくっても不可能。あなたはただの「生と外見上の若さ」にしがみついた執着の餓鬼そのものです。

だったら仏教はどう教えているかといえば、とにかく「現実を知れ」「知りえた現実を受け入れろ」。生老病死はどうもがいても人間が免れることができない現実だから、そのことに執着するな。見えるもののすべての「空」を発見したうえで、せっかく実在しているみたいに見える「色(見えるもの)」を大事にしろよ。色即是空、空即是空。はいはい。

ところで麻生さんはクリスチャンなんだってね。それにしちゃあ、考え方が仏教的だなあ。ぎゃはは!