naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

アヤメの死にざま

アヤメの死にざま
 
変な題だから、「アヤメ」という名前の女性が死んだと誤解されそうだ。でも、そうじゃない。
アヤメも菖蒲もアイリスも、5月を飾る、とてもきれいな花で大好きなのだけど、往生際がものすごく汚い。美しく咲いた花が、茶色くぐちゃぐちゃと骨に巻きついて、ちょっと目をそむけたくなる姿を呈する。その姿はみっともなくて、あまり見たい状態じゃない。
 
ところで、それを見ていたら、アヤメって、人間みたいだなあ、と感じてしまったのだ。
 
日本人は特に桜が好きで、桜の散るのが「咲いた花」その物より趣を感じるという情緒を持った民族だ。その花の散る様を見て、「潔い」とか感じるらしい。
 
でも私は子供の時から姉を見送り、父を見送り、長じて異国の戦争で多くの死者を見送り、帰国して母を見送り、婆さんになってからは友人を見送り、人間の死には多く接してきた。しかし「桜のように散った」人の死を見たことがない。むしろ生にしがみついて、茶色くぐちゃぐちゃと「アヤメのように」死んで行くのが、本来の人の死であろうと感じてしまうような死を見てきた。
 
今年は、アヤメ科の花が特に美しかった。うちの庭のイチハツも、散歩道で見たアイリスも、それはそれは美しかった。風が吹き、雨が降って、今日庭のイチハツを眺め、買い物に行った帰りに、よその家の庭のアイリスを見たら、みんな醜く茶色になって、骨に巻き付くごとく、芯にこびりついていた。
 
なんだかそれを見たら、人間的だなあと感じた。ヒトは桜のようにひらひらとなんか散らない。アヤメのように美しく咲いた後でも、生にしがみつき、執着をあらわに死んでいく。
 
そのことの発見が、なんだか嬉しくなって、ぐちゃぐちゃのアヤメの死にざまがひどくいとおしくなった。
 
 
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