naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

ここ数日間の出来事

6/11

この1週間で起きたこと。

1)雨の日、家の前の、私が10年かけて花畑にした通りを眺めていたら、花の上に放り投げたごみの山を見つけて、ものすごく腹が立った。ゴミを捨てるにしても、なにも咲いた花の上に捨てなくたっていいだろう。なにが起きても10年間我慢して、放置されたごみは黙々と自分で片付けていたんだけど、其の時はものすごく腹が立った。

それで、家に飛び込んでゴミ放置厳禁の立て看板を作り、2本立てた。怒り狂って手が震えていたから、文字が乱れていたが、それを直す余裕もなかった。

しばらくしたら、このところよくお付き合いしている近所の人がやってきて、「あの看板、怒りがものすごいことが伝わりすぎて、逆効果だよ」と言ってきた。「書くにしてもあまりに直接的な言葉遣いで、せっかく花を楽しみにして通る人もいるのに、残念だ。もっと表現を変えた方が良い、しかも字が間違っている…」と。

ふん!と初めは思った。ほとんど逆上していたから。其の人が帰ってしばらくしてから考えた。

表現を換えるのか。なるほど、ねえ。

しぶしぶ言うこと聞いて、換えた表現の看板がこれ。

『ここの通りは護美(ごみ)通り、字を間違えるな、花が泣く』

こんにゃろ、ばっきゃろ、ごみすてるな!よりはいいかと思って。まさかそこまで下品に書いたわけではなかったけれど、かなり怒り狂っていたのは確かだ。『いろんな人が通るから』と、注意してくれた人は気の毒そうに言った。まあ、親切にいいに来てくれたんだろう。彼女の気持ちも受け入れなきゃ、と思った。

6/14

近隣で話ができる人が一人去り二人去りしてさびしかった。一人は猫を10匹飼っていた人で、仲良くしていたけれど、去年の9月あたりから、いなくなったと思ったら、体調崩して入院していた。後から知ったのだが、すい臓がんだった。そうとは知らず、一時帰ってきたときに、お花を持って、退院おめでとうとか言っていた。それが今年の私の誕生日、救急車の音がしたので、そっと見たら、やつれ果てた猫の飼い主が運ばれて行くのが見えたので、そうか、と呟いて、見送った。其のまま帰らぬ人となった。

何だかひどくさびしくなった。

ところでそれからしばらくして、デイサービスに送り迎えを繰り返していた吉田のばあちゃんがいつも楽しみにしていてくれた、通りの斜面の花々を、このところ体が不自由なのかでてこなくなったので、届けようと思って、数本のピンクのアジサイとホタルブクロを切って持っていった。ところが、肝心のばあちゃんはいなくて、家族が出てきて言うには、もう、ばあちゃんは老人ホームに入ったという。

そうか。もう、私の花を楽しんでくれる人がいないのか。花に泥をぶっかけられたばかりだったから、私の花を楽しみにしてくれたばあちゃんがいないのをひどくさびしく思った。それで家族に、ホームの場所をきいたら、かなり近いところだということがわかり、その花を持って、自転車に乗って見舞いに行こうと思った。

めいと」という名の老人ホーム。ところで同じ場所に、「めいと」という名の施設が3軒あって、何度も迷った。やっとたどり着いて中に入ったら、そこはなかなか雰囲気のいいホームで、老人たちはみな楽しそうだった。一応みんなに挨拶して、花をどっさりあげたら、吉田のばあちゃん、目に涙ためて喜んでくれた。

いいことをしたな、と思った。

借金地獄に落ちていて、娘の治療費をかきあつめるのにこの数カ月苦労した。人に助けられてばかりいる自分が何とも情けなくて、たまには自分も役に立ちたいと思っていた。1円もかからないお見舞いだったけれど、吉田のばあちゃん、喜んでくれた。誰でもいいから喜ばせることができるのは、うれしい。久しぶりに心が和んだ。

このところ、友人達がいろいろ助けてくれて、絵を買ってくれたり、カンパしてくれたりしたため、長いこと眠っていた絵に対する前向きな気持ちがわいてきて、何とか生き延びるために奇木絵を描きまくっていた。奇木絵が生きる助けになるかどうか、知らない。ただキャンバスの絵は、材料費が高くて、其れなりの値段がするから、そうやすやすと買ってくれる人はいない。それで始めたのが、奇木絵とドアノブかけだった。


土曜日、麗澤大学生涯学習講座に行って来た。そこで思わぬ収穫があった。

自宅画廊の案内をまわりにいた数人の人に手渡したら、今すぐ一緒に行ってもいいかという人が3人も現れた。それで一緒に家まで連れてきたら、みんな何だか面白そうに家じゅうの絵を眺めて、奇木に描いたアルマジロを2枚とも買ってくれる人がいた。ドアノブは3人が1枚ずつ買ってくれて、何だか呆然としている。おまけにそのうちの一人が、この奇木みんな今度麗澤まで持っていって、宣伝したらどうか、と言い始めた。自分たちがサクラになるから、みんな売っちゃおう!

おう!

そういう話になるとは思わなかった。

いろいろあるけれど、ひょっとすると私は幸福なのだな、と思った。