naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

読者の皆様、お久しぶりです

私は1941年開戦の年生まれ。4歳にして防空壕を出ました。昼間の世界がある事が不思議でした。夜空にサーチライトがなくなりました。その後こういう人々が巷に溢れていました。
平和憲法は押し付けられた憲法です。でもアメリカは自らの意図に反してかもしれませんが、『平和』を押し付けてくれました。日本人は其れを大いに利用して戦争のない世界をきずきました。今、頂いた平和を返上するという空気が生まれているとの事です。世界中おかしくなっているから、ついでに日本もおかしくなるんですか?
私が76年の生涯で経験した戦争は、幼年時代のそれだけではありません。日本で出会ったエルサルバドルの留学生と一緒になり、かの国に渡った半年後、内戦が勃発しました。記憶違いかもしれない幼児体験でなく、30代で出会った体験でした。人の死体をまたいで市場に買い物に行き、爆撃の嵐の中を家の中にベッドをたててバリケードを張って赤ん坊を守って過ごしました。其れが極限に達したから、家族を伴い日本に避難しました。そこはエルサルバドルでは考えられないほど、あほじゃないかと思われるほど、『平和』で治安のいい国でした。その「あほ」をやめなくて結構です。「あほ」であることほどの平和はないですからね。