naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

幼女のころの思い出

私は大東亜戦争前夜の昭和16年4月に生まれた。その年の12月に始まった戦争をいくら私が天才だって記憶しているわけではない。私の記憶に残っているのは、家族が掘った防空壕の中と、戦争末期の東京大空襲だ。

わずか4歳の記憶だけど、真夜中のサーチライトと、目の前の民家が焼けて真っ赤に燃える炎と、ゴーゴーと言う爆撃の音と、落ちてきた焼夷弾の破片を母がさっとよける瞬間の映像だ。

幼いころ一緒に遊んだ友人なんか一人もいなかった。世界はいつも夜の世界で、ある時、突然訪れた昼間の世界の意味が私には全くわからなかった。

その後、我が家にやってきた数人のアメリカ兵が、どかどかと家にやってきて畳の部屋に土足で上がったのを記憶している。アメリカは日本を野蛮国と呼んでいたらしいけれど、畳の上を土足で上がるアメリカ兵は、4歳の私の目から見ても文明人ではなかった。

あの時私は裏に隠れ、幼児でも知っていた歌を歌った。

出てこいニミッツマッカーサー

出てくりゃ地獄へ逆落とし~~ってやつ。

4歳だよ。私は別に反米主義者じゃなかったけどさ。

ところでのちに、かなり成長してから、終戦のころアメリカに接収された日本の家屋を覗いた経験がある。客人として行ったのだけれど、ちょっとトイレを借りようと思った。案内されたトイレは、水洗トイレで、床の間を潰して作ったトイレだった。その家の日本庭園の石は苔をはがされてペンキが塗られていた。

文明と野蛮。

いくら子供だって判断の材料を超えていた。