naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「友達のこと」2

「友達のこと」2

その入ってしまった修道院の中で、私は実は多くの友達を得た。なにし
ろ一般人とは違う思考方法で物事を考える集団だったから。神とか召命
とか自分が生まれた理由とか、自分がここで多くの人間と出会った理由
とか、そんなことを考える人間ばかりがそろっていた。しかしその中で
も私はやはり「人間」だった。

すごく深い話ができる仲間としてであった一人の大山さんという女性は
私と馬が合うだけあって、亡くなったあの友達と同様、かなり突っ走る
タイプだった。ある日彼女は修道院からとんずらして帰ってきた。見つ

かってすぐに退去命令により、消えていった。

私はその時外出していて状況を知らず、空になった彼女のベッドを見、
茫然とした。別れの挨拶をすることも、どこに行ったか知ることもで

きず、其時も私はベッドに突っ伏して泣いた。其時上司のシスターは泣く

私のわきに来て、一所懸命慰めてくれた。と言っても、彼女は大山さんを
追い出した当の人間だった。

その後私は気を取り直して、修道院に残り、残った仲間と交流をしたが、
例の直属の上司が異常に私とかかわりを求め、私をそばに置いておきたが

った。私のほうが単刀直入に意見を述べるたちだったため、議論をするこ

とが多かった。上司だからと言って全く遠慮しない私の発言を彼女は楽し

んでいた。はっきり言って、やたらにかわいがってくれた。そして彼女は

やっぱりやり過ぎた。

修道院経営する高校に私は国語の講師として配属されたため、授業のた

めに予習をしなければならなかった。

それをひたすらに邪魔し、彼女は私との個人的交流を求めた。はっきり
いって、完全な同性愛だった。

私は建物の裏に隠れたりして、極力逃げ回ったが、上司の権限で連れ戻
され、予習はおろか、昼も夜も一人でいることが許されなかった。

当然それは問題になり、あれやこれやの末、私はとうとう修道院を後に

した。事情を知っていた同僚が、おかしいじゃないか、出ていくべきは

あっちじゃないかと言ってくれたが、私はその上司みずから修道院長へ

の上奏によって、私がすべての咎を負い、修道院を後にした。大山さん

の時と違って、事情を知っていた仲間の大半が同情し、私を自宅まで送

ってくれた。私はそのとき28歳。

以後寝食を共にし、事情を知っていた仲間のほとんどが、一人去り二人
去り、あの修道院を後にした。

のちに私を訪ねてきた一人の老修道女がいた。大学時代芭蕉の文学を担

当していたシスターだった。深いまなざしで私に語り掛けた彼女が言っ

た言葉を忘れない。

「何が起きようと、自分が召命を感じたなら「これが自分の道」と感じ

たことを貫き通せ。上司のいうことががすべて正しい世界なんてない。

邪魔が入ろうと、しょせん人間のおろかさだ。修道院はどこにでもある

この世の場所に過ぎない、場所にも人間にもこだわるな。」

力強い言葉だった。カッと目を開いて彼女の言葉を聞く私に、深い深い
まなざしを見せて、彼女は帰って行った。そして彼女との出会いがその
後の私の道を決定した。