「自伝及び中米内戦体験記」8月6日

「命の歌 “Dios so lo pague”」

 

ある日、油絵教室からの帰り、いつものようにバスに乗っていた。

 

そうしたら途中から一人の半裸の少年が乗ってきて、いきなり大声で歌を歌いだした。こういうことはそれほど 珍しいことではない。歌を歌って乗客から幾ばくかのお金をもらって暮らしている、まあ一種の物乞いだが、彼らはバスの運転手となんらかの約束でもあるのか、停留所でもないところから乗り込んできて、いつもいきなり歌い出す。そして籠とか箱とかを回し、お客にお金をねだるのだ。

 

珍しくもない光景だったので、始め私はさして気にも留めなかったが、ふと、この歌を歌う少年の声になんだか強烈な印象を受けて、姿を見た。

 

声が大きい。そして必死である。うまいわけじゃない。しかし其の顔の表情は哀しげで、何かを訴えようとしているように見えた。そして私が彼の半裸の体を見たときに、声を呑んだのは、彼には腕がなかったことだった。

 

片腕は無残に根元から、もう一方の腕は途中からな くなっていて布のようなものが巻いてある。

 

あの頃確か日本領事館からの通達を人を通じて聞いたことがある。「見知らぬ物体に 手を触れるな」「不審物を拾うな」。触れたとたんに爆発し、木っ端微塵になる怖れのあ るものが、人通りのある目立つ場所に無差別に置かれていたことがあるのである。多分、この少年は知らずにそういう爆発物に触れて両腕を失ったのだろう。

 

彼の胸には小さなカバンがぶら下がっていた。手を使ってかごや箱を回すことができない少年は、首に、お金を入れてもらうカバンをぶら下げていたのである。其のカバ ンには文字が書かれていた。其の文字を読んでみた。

 

“Dios se lo pague(ディオス セ ロ パゲ)”という文字だった。

 

この言葉は言葉としてはよく聞いたことがあ る。家の戸をたたいて、水が欲しい、何か食べ物をくれないか、といってくる人々に、とりあえず物を上げると、必ずこの言葉が返ってきた。私は単に「有難う」くらいの意 味だと思って、深くその意味を考えたことはなかった。

 

しかし、少年の胸に下げた其の カバンの文字を見たときに、私は心に深く感ずるものがあった。文字として私は始めてその言葉を見たのである。

 

直訳すれば、「神様があなたに報われるように」と言う意味である。「あなたの心遣いに対して、自分はなにもお支払いができない、私の代わりに神様があなたに支払ってくださいますように。」

 

そうか…。と私は其の少年の今の不幸を思い、将来の不幸を思い、神様にしか頼れない其の身の上を思い、それでも自分ができる唯一のことかもしれない歌でもって生活を 支えているけなげさを思い、少年の袋に幾ばくかのお金を入れた。

 

涙が出そうだったが、涙を見せるのはこの少年に対して失礼だ。と思った。この少年のための涙 なら、この少年と其の母親にしか流す権利がないのだ。かつて貧困家庭の子供だったころ、私はどんなに裕福な人の同情の涙を白々しく思ったことだろう。そのことを私は知っていた。

 

彼は彼のそれでも生きていかなければならない命のために、あのように大きな声で歌っている。涙なんか流していられないのだ。

 

戦争とは過酷なものだ。

 

お腹をすかせた貧しい少年があるとき、落ちていたものを拾っただけなのに、彼の両腕が吹っ飛んだ。どれだけの血を流し、どれだけの涙を流したことだろう。こうして人前に姿をさらし、歌を歌って稼ぐ決意をするまでに、どれだけ苦しんだことだろう。 そんな彼の短い間の濃く深い人生を私は知る由もない。

 

私の脳裏にはあの少年の姿とあの大きな歌声が焼き付いて離れなかった。こうして今 、あれから20数年たった今も、耳の奥にあの少年の声が聞こえてくる。そしてあの少年が音声として発しなかった声にならない悲痛な言葉が聞えてくる。

 

“Dios se lo pague”。

 

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「狂女の嘆き」

 

私の住む家の前の通りで、何かただならぬ気配がする。出て見た。

 

女性が一人髪振り 乱し、前こごみで行きつ戻りつしながら、泣き叫んでいた。嗚咽しながら叫ぶから、何を言っているのか分からない。しかし其のただならぬ気配に、通りに出てくる人が居たので、そっと小声で聞いて見た。

 

「あの方は如何したんですか?何を言っているんで すか?」

 

「息子がかどわかされた、息子がどこにいるかしらないか、誰かしらないか」と叫んでい るよ。とその人は答えた。

 

「え!そんなことが、良く起きるんですか?」と私は驚いて聞き返した。彼はある方向をそっと目で指して奇妙な表情をした。彼の一瞥の先に、「制服の男」が立っていた。彼は説明をしなかった。

 

私の脳裏には、いつか自分がマチェ テを背中に背負っていて見咎められ、路上で尋問を受けたときに、エノクが言った言葉 が思い浮かんだ。 制服の男はいつも巡回していて、だれかれ問わずIDカードなどを持っていない人をしょっ引いて兵隊に仕立て上げて最前線に送るということ。

 

髪振り乱した女性は、年齢がいくつか分からないほど憔悴し、自分の回りにいる人に手当たり次第、近寄って、其の体を揺さぶって泣き喚いた。

 

「ミゲルはどこ?私のミゲルはどこ?ミゲルを返して、どこに連れて行ったの?」

 

私のところにもやってきた。

 

「あなたは知らないの?私のミゲルはどこに行ったの?」

 

私の体を捕らえた其の腕は細かったがしっかりしていた。がくがくと私の体をゆすり、私を見上げるやつれた顔の皺の中に、灰色の目だけが異常にらんらんと輝いていた。絶望にあえぐ彼女の悲痛な叫びが私の胸を貫いた。其の必死の形相に、私は如何すればよかったのだろう。

 

「セ ニョーラ、私も知らないのです。お気の毒だけど、私も如何すればよいかもわからない、私 は外国人なんです。」

 

彼女はなおも私にすがりつき、しがみつき、私の体を揺さぶった。

 

「私のミゲルはどこ?教えて!教えて!どこに連れて行ったの?」

 

私はたまりかねて彼女を振りほどき、家の中に飛び込んだ。私は高まる感情をもてあまし、暫くの間、家の中で身を震わせ続けた。あの人の息子がいなくなったのだ。捕らえられ、どこかに幽閉され、訓練を受け、いつか政府軍の用兵となって自分の町を襲ってくる。あの人は其の息子の運命を知っているのだ。

 

何とかして取り戻したいのだ。切ない。いや、切ないなんて言う軽い感情じゃない。恐ろし い。あの人は今地獄を見ている。あの人の絶叫に私は応えることも助けることもでき ない。そして「共にいる」ことさえできないのだ。

 

「制服の男」が、だれかれとなくめぼしいものを標的にして、尋問する。うまく応えられなかったり、身分を証明するものを持っていなかったりする者は「浮浪者」とみなして「収容」する。「収容」した「浮浪者」を訓練して兵士に仕立て、殺し方を教えて最前線 に送り込む。「最前線」とはどこだろう。

 

ゲリラに協力したという疑いのある一人の人物の出身地であるひとつの村を全滅させるために襲うとき、軍隊はその村出身の者をわざわざ「試練」として送り込む。 

 

その若者が、「自分の両親」を殺すことができるかどうかによって、その忠誠心を見るために。

 

それがあの時代のあの国の兵士養成法だった。世界中の開発途上国に内戦を起こさせて、そういう形で殺人の機械を製造し、「政府軍」に武器を与え、自国以外は決して「民主化」を許さない、あの強大な国の指導の影で、幾百万の狂女がいなくなった息子を求めて路上を彷徨ったことだろう。

 

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「告発」二科展出品作。 多分受賞作。(当然のことながら、これは実写ではない。日本で、いろいろ想像しながら石膏像を参考にして見て描いた。)