「自伝及び中米内戦体験記」8月29日

 

コリアのサグラドコラソン小学校の寮にて

1)「寮の子供たち」

 

というわけでクリスマス休暇を結構楽しんだ私は、いそいそとオーデコロンを持って、セビリアから コリアに向けて、再びマドレの修道院に帰ってきた。

 

それで、今度は、英語の課外授業だけでなく、かなり深く子どもたちと接する機会を得た。

 

幼いときから親元はなれて、この小学校の寄宿生活する子供たちと友達になったのだ。子供達の面倒を見ている若いマドレは、とにかく子供達の騒ぐ声が我慢ならないらしい。彼女はうるさいのが嫌いらしくて(といっても、彼女のほうがうるさいのだけど)、夕食が終わったらすぐに子供たちを寝かしにかかる。ちょっとでも声を出すと其の10倍の声で怒鳴りつけ、おかげで子供たちは其のシスターがいるときは寝息も立てないようにしている。

 

何だかかわいそうだと思っていたら、其のシスターが病気になった。其の間、マドレサンタルシシオが子供の面倒を見ることになり、私も手伝うことになった。

 

このマドレが他のマドレたちと違って、優しい事を子供たちは知っている。そのマドレの友達らしい私に子どもたちは親しみをもってくれる。

 

おまけに見たことがない東洋人だ。珍しいからみな私に興味を示す。其の中に一人いつも隅っこにいて口をきかない子がいた。そばかすだらけの赤毛の子で8歳になるそうだが4,5歳の体格しかない。誰とも遊ばないでいつも壁にくっついている。

 

どうも気になっていたのだけれど、自分からは不自然なことはするまいと思っていた。

 

ある時私は誰かの視線を感じて、振り向いた。例の「気になる」子供だった。視線はずっと私を追っている。話しをしたいのかなと思って其の子に向かってにこっとして見せた。其の子は、はにかんだように、目をそらした。

 

ところが其の内私があたりに気を取られて気がつかないときでも、そっと私の後ろに来ているらしいのがわかった。マドレがそれと教えてくれた。マドレも気にしていた相手なのだ。子どもはそっと後ろから私の肩に触れたりしている。この手にそっと触れてやる。それだけ。こう言うときはやたらにびっくりしないのが肝要。そう思って待った。

 

そしてとうとう、この寮に入ってから一言も声を発しなかったという其の子は私の友達になった。マリアヘススという。紙で着せ替え人形を作ったり、折り紙で蛙を折ったりして、マリアへススと遊んだ。ものは言わないが喜んでいる。私の顔を見上げる瞳は、明らかに私を受け入れている。私は一方的に話し、一方的に笑ったり、一方的に歌を歌った。つられてマリアへススも笑い、私の傍にぴたりとくっついてきた。

 

マドレ達は驚いた。何をしても、誰もこの子の心を開かせることに成功しなかったマドレたちは、私に何か不思議な力があると思ってしまった。ここはスペインだ。国民全員カトリックで、そこいらに浮遊している霊的な力というものを、まるで見えるがごとく信じてしまう素地がある。私に、何か、問題のある子供をひきつける力が与えられていると、素直に勝手に判断してしまったらしい。

 

ただし、私に言わせれば、顔さえ見ればぎゃあぎゃあ怒鳴ってかんかん怒り散らす先生に、心を開く子供っていないと思うけどね。

 

私のマドレは其の様子を見て、なんだか誇らしそうにしている。まさか、私は自分に霊力があるなんて、そんなこと信じていない。

 

しかし以後、本当に気をつけていると、私はほとんど子供たちと言葉を交わしていないのに、問題ありそうな子ばかりが私の周りにうろうろしているのを発見した。問題のない、常識的な子は、ほとんど私に興味を示さない。何しろ私が問題があって非常識なんもんでさ。類が友を呼んだだけ。

 

そうか・・・と私は思った。そういう力があるのかどうかはともかくとして、かつて問題児だった私は、問題児の心と通じる何かを持っているんだ。その時初めて私は、自分の人生のこれからの役割をほのかに感じた。

 

アラゴン川其のものか、アラゴン川の支流か知らないけれど、学校のそばに大きな川があって、マドレはよく子供たちを其の川原に散歩に連れ出した。子供たちが喜ぶから私も一緒についていった。途中、子供たちは、道端に生えているサボテンの実をつんで食べたり、古い建物の塔の上に巣作りをはじめたコウノトリを数えたりしながら子供たちは遊んだ。

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↑巣作りをしているコウノトリ

 

私とマドレが日本語を話しているのを聞いて、すぐに日本語を覚えてしまう子もいる。子供たちに私はだんだんだんだん愛情らしきものを感じ始めた。こんな感情を、確か以前にもかんじたことがある。

 

マドレが日本にいた頃、長野県の任地にいったマドレを尋ねていったとき、山道でであった子供たちに感じたものと共通の感情だった。

 

9人兄弟の末っ子で、年下の子どもと遊んだ覚えがなかった私は、子どもとの交流の仕方を知らず、母性愛が芽生える機会がなかった。18で家庭教師を始めたが、いつも私は彼らとほとんど対等で話をしていて、相手が両家の子女で礼儀を持っていたからそれなりの付き合いが出来たものの、私の側にあったものは、義務感であって、母性愛などではなかった。

 

そうか、子どもって可愛いんだな、私はほのかに温かい何かが胸の中に涌いてくるのを感じていた。

 

2)「学校の生活あれこれ」

 

ある時マドレたちが3人頭を寄せて何やら騒いでいた。そこに私が通りかかったら呼びとめられた。私のマドレはいなかった。マドレサンタルシシオがいないとき、私に直接口をきくのを遠慮していたマドレたちだ。

 

何用だろうと思ったら、3人のマドレたちが高学年の数学が解けないと言って困っていた。見ると簡単な因数分解だった。へえ、スペインでは小学生に、もう因数分解教えるのか。

 

指を交差させて解き方を教えてあげたら、またまた、私はカブを上げ、スペイン語も英語も数学も出来る天才的な東洋人と言うことになった。私はその時、まだ20代だったから、学校で習ったことぐらい覚えていた。

 

家庭教師で数学も教えたし、それほど難解な問題でもなかった。なんでもいいけれど、何で小学生の因数分解が出来なくて、この人たち数学の先生やっているんだろう・・・

 

3)私の英語のクラス

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カルメン テジェスは頭が良い。10歳だけど、よく考え、よく覚える。ギリシャ彫刻みたいに整いすぎた顔立ちで、何も聞き逃すまいとして、授業の間中澄んだ目をひたすら見開いている。マドレたちに「天才」として一目置かれている。

 

まあ、あの因数分解の出来ないマドレたちから見たら、かなりの子が天才だろうな。

 

テレサ テジェスは其の妹。ひどいはにかみやで、頭のいいお姉さんをもったおかげで、自分の能力を発揮できない。ベゴニア サンチェスはハスキーで少々下品。アンへリーネスは金髪丸顔でおしゃま。誉めるとものすごく張り切ってよくできる。

 

エレナ ウルタードはくそまじめで極端に想像力のかけた子。英語の歌「 The Farmer in the Dell」教えようと思って、歌の歌詞に合わせて絵を描いたら、厳しい目で私をにらみながら「ねずみと猫は手をつながないはずである、セニョリータの国のねずみは猫と手をつなぐのであるか?」などと、怖い目で詰問してくる。

 

「チーズに手足は無いはずである」とか、「犬は2本足で歩かない」とか、漫画や戯画を理解しようとしない。質問が滑稽でたまらないけれど、やたらくそまじめで正しすぎるのも困ったものだ。

 

生徒が立ちあがって教室の中をうろうろするのを学級崩壊と言うけれど、それならスペインには崩壊してない学校は無い。机にまたがったりもぐりこんだり、ふらふら歩き回ったり、よそのクラスに入り込んだり、それらは日常茶飯事の普通のことである。

 

マドレ達が場違いなほど鬼みたいな顔で、ものすごく厳しく罰するのだが、罰を受けているはずの子供が、通りがかった私を見て、にたっと目配せしたりするのは、度胸のあるいたずらっこである。マドレ達に悪いけど、何だかそれがかわいい。

 

子供が大事にしている本の挿絵が、二人の男女の水着姿なので、あれなんだとマドレに聞いたら、アダムとイヴだと言う。スペインのアダムとイヴは水着着ているのかと聞いたら、あれは子供用の聖書の挿絵で、大人用のは裸なんだそうだ。

 

そんなのあり?反対にしたらどうなの?とマドレにいったら、「ほんと、ほんと、大賛成」、と彼女は大笑いする。

 

いかつい翼を持った大きな鳥が空を舞っている。名前を聞いたらシグエニャだそうだ。それをじっと見ているうち、何だか伝説に有りそうな鳥だなと思って、あれは赤ん坊を運んでくる鳥では無いのかと聞いてみたら、そうだと言う。コウノトリだ。コウノトリをこんなに近くに野生の状態で見るのは初めてだったから、私ははしゃいで、「わあ、今年はたくさん赤ん坊が生まれる!」と言ったら、其の伝説はカトリック的でないから子供には教えてはいけないと言われた。

 

ははは。水着のアダムとイヴは真実として教えているくせに、誰だって物語だと知っているコウノトリ伝説は教えないのか。別に良いけど、おかしい。そんなにカトリック的(つまり普遍的)にしたけりゃ、アダムとイヴの絵は尻尾を生やした類人猿にすべきだ。