naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「自伝及び中米内戦体験記」10月30日

いよいよ海賊船でガラパゴス

 

「海賊船に乗る」

 

26日、やっとガラパゴスに向けて、出発の運びとなった。朝、気分がかなり怪しかったけれども、もう、決められた観光スケジュールの中にいる。変更は効かない。朝食はホテルで薬湯をもらい、日本から持っていった薬を飲んで、急場をしのいだつもりだった。飛行機に乗った。キトーからグアヤキル、また乗り継いで、ガラパゴスへ。

 

乗り合わせた客はみなヨーロッパ人だった。どういうわけか、ガラパゴス行きの人々はある程度の教養がありそうな顔つきをしている。ガラパゴスは別にダーウインの島じゃないけれど、研究者みたいな顔つきの人が行くところらしい。デンマーク人、ドイツ人、オランダ人。アメリカ人。それからエクアドル以外からのスペイン語族がいる。公用語は英語じゃなくて、みな、スペイン語。こういうときに英語を使うと却って聞きづらい。航空機内の機内放送特有の感情のない、早口の言葉にうんざりしながら、それでもスペイン語で色々な交流をした。

 

飛行場のある島に到着し、外に出たら、なんか、曲者のような顔つきの小男が、名札を立てて待っていた。その男について、バスに乗り、船着場に。その男は今回のガラパゴス観光のガイドらしい。自分が案内する船の同乗者は12人。12人が集まったのを見て、船着場に止めてあった、ボートに案内する。全員に救命胴衣を付けさせて、ボートに乗せた。クルーザーと言うものがどういうものかまったく知らなかったので、どうなるのか、少し不安を感じた。

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何しろ、私は船を宿にして、数日間を過ごすという体験は初めてだったのだ。飛行機だって、長く飛んでも一晩だ。同じ姿勢で一晩過ごすのは、それでもかなりつらい。揺れる船をホテル代わりに、数日過ごすのは、三半規管故障人間にとっては、かなりの覚悟が必要なのだ。

 

12人が乗った小船がついたのは、妙な格好をした黒い船だった。あたりには、白い豪華な客船が数隻浮いている。その「豪華客船」の中でひときわ無様な黒い小さな船が、我々12人の一蓮托生のホテルなのだ、と悟ったとき、エノクはにわかに落胆の表情を見せた。他の10人も声を呑んで沈黙している。それほど、その黒い船は、周りに停泊するほかの船と趣が違っていたのだ。

 

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後でわかったが、その黒船は、130年の歴史を持つ、帆船を改造したもので、舳先に結び付けられた旗も、黒地に白の染め抜きで骸骨がデザインされている。自称「海賊船」だった。だいたい「豪華客船」に集まる人種と、「海賊船」に集まる人種とは、まるで違う。「海賊船」人種のほうが、なんていったって、私に向いているのだ。

 

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にわか海賊のエノク↑

 

「亀の島」 

海賊船の初日、亀の島に渡った。夢に見た、ゾウガメの島だ。クルーズは、観光客の選択の自由がないけれど、3食付だ。ゾウガメの島はダーウイン国立公園の入り口で、公園から離れたところに村があり、レストランも、土産物屋もあった。小鳥やトカゲの出入り自由なレストランで、かなり立派な食事が出、車で、亀の見学に行くことになった。

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これもレストランの客

 

「亀は自由に歩いていて、『飼っている』ワケではないので、期待通り見られるかどうか分からない、運任せで、会うかも知れず会わないかもしれない、たとえ亀に出会っても近寄りすぎるな、触るな、脅かすな、許されるのは写真を撮ることだけだ、」等々、「頭に記憶を収めるだけだ」と、事前にサンザン注意を受け、亀が何にもいないことも覚悟してマイクロバスに乗った。

 

途中、マイクロバスが止まった。前方に、こんもりと亀の甲羅が見えた。ガイドは観光客を下ろし、触るなよ、触るなよと念を押すので、12人はもう、こわごわへっぴり腰で、亀を遠巻きにした。これが、あの有名な亀なんだ。見渡したところあたりにはたったの一匹しかいないので、ちょっと失望しながら、亀を眺めた。なんだか、ゾウガメというから、ゾウみたいな大きさを想像していた私たちは、案外扱えるぐらいの大きさなので、大したことないなあ、と思いながら、年齢を聞いたら、90代だそうだ。あまり人間がうるさいので、亀が頭を出し、足を伸ばして動き出した。ア、動いた・・・慌てて写真を撮る。

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うれしい!亀様とご対面

 

その時誰かが、あそこにもいる、そっちにもいると言い出した。見渡すと、亀がアッチもこっちにも、こんもりと盛り上がっている。草と木々の色に隠れて、自然の起伏のように見えたのは、皆亀だった。

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亀だ、亀だ! そろりそろりと近づいた。ガイドは、例のごとく、亀についてか、ダーウインについてか、べらべら説明しまくっている間、亀を見る時間がなくなるので、そっと逃げ出して、亀を見て回った。知識なんか、後で本を読めばいい。日本には、いくらでも本がある。日本は知識の宝庫だ。せっかく太平洋を越えてやってきて、襲ってくる細菌類に耐えながら、亀を見に来て、実際に目の前に亀がいるのに、実体験を逃して、亀の説明聞く必要はない。どうせ、こちらにいるのは、何歳の亀でございますとか、そちらにいる亀は茶色でございますとか、見れば分かることを言っているのだ。ダーウインがこの島にやってきたことも、NHKが世界遺産の番組でしつこくやっていたから、大体の知識は持っている。

 

てなわけで、私はいつも隊列から離れて、見たいものを見て回った。おかしいと思われれば、スペイン語が分からない振りをすればいい。いつもの手だ。こののっぺりした東洋人の顔なら、誰でも納得する。誰も気付かない草陰に、すごく大きいのが隠れているのを見つけた。カメラを構える。派手にすると、みんなが駆けつけるから亀が動く。そっと自分だけの撮影をした。ガイドが遠くから、自分の話を聞かないで、一人隊列を離れる私を気にしてみているのが見えた。亀に危害を加えると思っているらしい。少しポーズをとって、ぶらぶら皆のところに戻ってみた。

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時間が来て、船に戻る前、少し、海岸の土産物屋を見る時間があった。奇木を加工して、亀を彫りこみ、大きな椅子にしたものとか、亀型のテーブルとか、小型の亀の彫刻だとか、亀のキーホルダーとか、亀つきのシャツとか、何が何でも亀が観光資源になっていることが分かるものばかりが売られている。まだ3日もある。あとで、時間もあるだろうと思って、一つだけ、亀の木彫を買った。ところで、島を巡った3日間、みやげ物どころか、村らしいところがあったのは、この、最初の島だけだった。

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「海賊船の乗り心地」

 

その日が暮れて、「海賊船」のホテルに戻ることになった。救命胴着は最初、人が集まる港でのポーズのみで、以後、同じ飛行場のある島に戻るまで、毎日ボートで行き来しているのに、私たちは、二度と救命胴着をつけなかった。私たちは、ボートから海賊船によじ登った。船底に下りると、少し大きな空間があり、テーブルの用意が始まっていた。夕食がここで出るのだ。

 

夕食の前に、それぞれに個室があてがわれた。12人分の船室は全部見たわけではなかったが、殆んど等身大の大きさで、トイレもシャワーも「一応」ついていたが、「すべて個室で、それぞれの部屋にトイレもシャワーもある」と旅行社が得意そうに宣伝していた趣とは、かなり違うのが分かった。トイレは、やっとかがめる状態で、個別にあることはあったし、そのトイレの前に、ホース式のシャワーがついていて、足の立てる空間がある。トイレにふたをしてその上に座れば、何とかシャワーも使えるかもしれない、その程度だった。

 

私はそれを見て、かなりパニックになった。三半規管の故障があるから酔うだろうと考えて、船酔いの薬は持ってきた。頭の上が高ければなんとかやっていけるが、何しろベッドは棺おけ状態で、トイレシャワーの部屋はその棺おけの「横穴」みたいなのだ。私は三半規管の障害がある上に閉所恐怖症なのだ。こんな状態を想像だにしていなかった私は、かなり青くなった。

 

大丈夫かな・・・夜、目が覚めたときに、私はひとりでこの状態を発見したら恐怖のあまり暴れるかもしれない・・・そんな事を想像し、自分のこの症状を知らなかったエノクに、そのことをはじめて話した。

 

だからといって、エノクが解決することが出来るわけではない。もう、3日間、この状態の中に閉じ込められてしまったのだ。これをいまさら変えられない。変えられないなら、受け入れるしかない。私は当惑するエノクに頼んだ。せめて、夜中に気がついたときに、なるべく大きな空間が見られるように、ドアを開けて寝てもいいか、許可を得て欲しい。自分は閉所恐怖症という言葉をスペイン語でも英語でも知らなかった。身振り手振りで説明し、私はほとんど青ざめて、手を合わせるように頼んだ。

 

ああ、そういう人はたまにいるよ、ガイドは快く、許可をくれた。ドアを開けて、遠くを見ながら、私は棺おけ状の床に横たわってみた。上を見ないように、上が自分の自由を奪っていることを意識しないように、私は自分に言い聞かせた。

 

夕食はおいしかった。12人は、全部、国籍が違って、テーブルを挟んでスペイン語と英語が飛び交った。半分は退職した老人で、後の半分は若い学生らしかった。私はあまり話しをしなかった。自分で望んで船旅をしているより、船に閉じ込められたという感が強かったから不安だったのだ。

 

いよいよ、あの棺おけに入らなければならない時が来た。私は観念し、夫に頼んだ。決して声をかけるなよ。決して私に触れるなよ。自分がどこにいて、どういう状況の下に置かれているのか、気付かせないでくれ。そういって船酔いの薬を飲んで寝た私はいつしか深い眠りに落ちていった。

 

どのくらい眠っただろうか。ずずん、ずずん。船は大揺れに揺れている。そのことをはっきり理解するほど、激しい揺れに起こされた。すごい!揺れているぞ!どうしよう、逃げられない!

 

しかしその時、私の意識は自分がこの危急の場合、どのように行動すべきかを探っていた。私はまるで啓示のようなささやきを心に感じた。

 

「目を開けるな。固定したものを見るな。固定したものを見れば固定したものにしがみつく。見えないものは『ない』のだ。人は『ないもの』にしがみつかない。私は自分の固定観念に抗って、目を開けたい思いを押しのけて、目を瞑ったまま一生懸命浮かんだ言葉を自分に言い聞かせた。

 

見える世界、これは「色(しき)」の世界だぞ。「色」の世界は「空(くう)」だったな・・・。ははは^^・・・波の中の世界に身を横たえていると知ったら、波に身を任せればいい。「揺れる世界」が真実なのだ。「固定した世界」はないのだ。これは「空」の発見だぞ。

 

ははは、と私は目を開けずに笑った。突然こういう方向に、自分の考えが行くのがこっけいだった。

 

船酔いにまで、このところ読み漁っていた仏教用語が出てくるとはね^^。

 

しかし私は、「空」の発見と勝手に私が名づけた虚構に、一人満足して、目を開けずにじっと「ゆれる真実」に身を任せた。何だか、「愉快」だった。「波に身を任せる」という体験が、いきなり三半規管の故障という、ブランコも平均台も出来なかった子供の時からの病気の克服につながった。「揺れること」に抗わなかったから、私は「波」という「他力」に身を任せることが出来た。そうしたら、自分は「酔い」を感じなかった。そして私は、「ゆれる方が真実で、固定したものはないのだ」という、自分の言葉にかすかに興奮し、満足感を味わっていた。

 

それから私は、「波」との関連から、嵐の中で波を沈めたイエス様の物語を思い浮かべた。嵐を怖がって、弟子たちがイエス様に波を鎮めてくださいとすがった。そのときイエス様は、「信仰薄きものよ」と、弟子たちをしかった。その「信仰」とはなんだろう・・・。多分自分が作った固定観念からはなれて、神様に身を任せる態度を言うのだろう。「我」を離れて、「原存在」であるヤーヴェ、在りて在る者に身を任せること。仏教で言う「他力」とは、このことかな・・・。

 

科学的にいえば「地動説」なんちゃって^^。

 

私は本当に、「ゆれ」に身を任せていた。子供の時から、ブランコにも酔った三半規管の故障から、そのとき解放されて、私は深い眠りに落ちていき、気がついたときは波はウソのように静かになっていた。