「ばあさんの自転車奮闘記」2020年11月9日

「骨粗鬆症と自転車」4

「教会探索」2

 

ある朝、テレビ体操が済んで、鶏に餌をやってから、その日はどうしても、豊四季教会を見つけようと思った。前日、よし君から電話があって、英語教室休むというので、朝は教室の下調べなんかしなくて済んだ。自由な時間を満喫できる。地図検索で、ほとんど自宅から直線距離でいけるような気がして、30分とかからないはずだと思った。

 

ところで、結論だけいうと、7時にでて、帰ったのが10時だった^^。

 

まず、近くの中学校の脇の橋を渡れば、ただまっすぐ行けばいいはずだったのだが、其れが凄い上り坂で、車の通りが激しいため、方向だけを定めて自転車が通りやすい畑中道を選び選び、一挙に、「おおたかの森病院」という病院の前まで到着した。記憶では確かに、地図にあったので、止まって地図を眺めて位置を確認した。

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ところが、それからがどう進めばいいかわからなくなり、コンビニで尋ねたり、通行人に尋ねたり、いろいろ尋ねあぐねた。地図を見せても誰もわからない。なにしろ、そんな教会の存在を知らないし、聞いたこともないというのだ。

 

まあ、この病院がわかれば、そお遠くはないはずだと思い、疲労も激しかったので、その日はこのまま引き上げようと思った。細いくせに車の多い通りを避けて、田舎道を、あたりの景色を楽しみながら自転車を走らせた。しかし途中、どうにも歩く以外に仕様がないような恐ろしい通りに出てしまい、とうとう、方向もわからなくなった。

 

実は、方位磁石をポケットに入れた草色のジャンパーを忘れて、また例の色っぽいピンクのジャンバーを着てでたので、体内方向指示器に頼らざるを得なかったのだ。空を眺めて、あっちのほうがそうらしい・・・、そう思って、遠くを眺めたら、うねうねとした田舎道がかなり長くこんもりとした森の方角に続いている。もしかしたら、この先に流山セントラルパークがあるかもしれない、そうおもって、そのうねうね道に入っていった。

 

鼻歌でも歌って楽しめそうな田舎道。迷ったって、お腹すいたって、楽しめればいいんだ。

 

と、その時であった。

斜め前方に、「カトリック豊四季教会」と横書きに大書した看板が見えるではないか。

なんだよ、イエス様、もう、わかんないから帰ろうとしてあきらめたのに、あんた、連れてきてくれたのかよ!

 

なんだか、心で愉快になった。まったく、その時はもう教会を探そうとしていなかったのだ。うねうねした田舎道の真ん中で、私は本の少し感動して、その横書きの看板を眺めた。

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小さな教会だった。ついでだから教会の中に入って、挨拶するべきお方に挨拶してくるべいか。と思って中に入ったら、庭師のような風体の爺さんが出てきて、胡散臭そうに私を見ていう。「なんの用ですか?」なんの用ですかって、教会に来る人間に、なんの用ですかもねーだろ。ひょっとすると祈りに来たりする胡散臭い人間もいるんだ。だいたい、教会というところは胡散臭い人間の集まりと認識してますぞ。

 

まあ、それはいいとして、自分は松戸教会の信者で、自宅からはこっちのほうが近そうだからと思って、道の探索に着たんです、といったら、少し、表情を和らげた。まあ、蜂蜜が目的だっていう話しはもちろん、しなかったけどね^^。少しは常識も持っているんで。

 

それから聖堂に入り、ちょっと胡散臭いことをしてでてきてから、まだ監視していた爺さんに会った。よほど胡散臭く見えたんだろう。とりあえず爺さんに岐路の道順を聞いた。坂川の向こうだといったら、教えてくれたので、今度は気楽に途中の写真を撮りながら帰ってきた。うねうねの田舎道から遠くに見えた森はやっぱり、流山セントラルパークの森だった。多分、次回は30分でこられるだろう。

 

ひどく疲れたけれど、満足。とにかく、また、またひとつの目的地を見つけたんだ。 

 

次の日、日曜だったから見つけた豊四季教会に、ミサに行ってきた。10時のミサと思って出たのだけど、道を間違える可能性があったので、大事を取って、8時間半に出発し自転車を走らせた。

 

いでたちは、自慢の鉄兜に、自慢のピンクの目立つジャンバー。これは、熊と間違えられたり、ばあさんらしい服装でいると、人間が動いているのが他人から認識されなかったりして、事故の原因になることを恐れてのことだ。熊ってあまり自転車に乗らないかもしれないけれど、昨日の様子では、あの教会、あまりに田舎だったから。

 

ところで帰りに写真を撮りながら帰ってきた所為か、案外曲がり角の特徴を記憶していて、すいすいと行き、教会のあの大書した横看板が見えたときはうれしかった。オオ、着いたぞ!ミサに間に合うぞ。

 

しかし、その時、時計を見たら、9時だった。30分で到着したんだ。グーグルマップで車の所要時間を確認したんだけど、車で15分と出ていたから、自転車で30分は難しいかなと思っていた。まあ、こちらは小回りの効く自転車で、畑の中の小道を抜けてきたりしているのだから、時間の短縮ができたのかもしれない。

 

そうすると、この教会の距離は、新松戸に行くより近いんだ。自転車を止めてあたりを見たら、小道の前方に、この前豊四季教会探索のきっかけとなった、あの養蜂家の爺さんの姿が見えた。おお!

 

爺さんに挨拶したら、爺さん鉄兜をしげしげと眺めている。ははは、これじゃわかんないか。かぶとを脱いで顔を見せたら、「ああ、あのときの!」と爺さんも驚いた。そうそう、その時のばあさんです。

 

小さな机があって、見覚えのある蜂蜜の瓶が並んでいる。これから、ミサに出るので、帰りに寄るからと言いおいて、私は教会のある高台に登っていった。

 

8時のミサが終わったばかりで、信者がぞろぞろ出てきていたが、入り口に見覚えのある小柄の老人がタバコをふかせて立っていた。其れは昔松戸教会の主任神父さんだった人物で、挨拶したら、私のことも覚えていた。まあ、私は出会う神父さんと片っ端から喧嘩するばあさんなので、覚えているだろう。

 

彼、若い坊主頭の坊やと話をしている。というより、その若造は、初めて教会に来たらしい様子で、初心者らしい質問をしているところだった。

坊や;「洗礼を受けたら、邪気が払えますか?」

神父さんはその質問が、あまりにカトリックと無関係なので、なんだか言葉を失っている。はたで見ていて可笑しかった。

 

私はプロテスタントの教会も出入りしたことがあるので知っているけれど、プロテスタントなら、こういう場合、いい鴨が現れたとばかり、寄ってたかって大歓迎し、絶対逃げていかないように、人間関係を作ってしまうのがうまい。カトリックはそういう点、消極的だ。

 

いつかバプティスト教会を覗いたときすごかったな。十重二十重に取り囲まれちゃって、もう、明日から来いと言って離してくれないの。私はあの時、危険を察して、トイレトイレトイレと言って逃げ出したんだ。

 

神父さんの当惑した表情を見て、なにか言いたくなったけれど、いや、まずいかと思って、思いとどまった。私は、ラテンアメリカの長い滞在経験から、布教そのものに否定的なのだ。何もここで、無責任な茶々を入れることもない。

 

昔、カトリックにも、悪魔祓いというような事が行われていた。日本の古典的な民族宗教にも、怪しい霊界の支配をすると自認する巫女や霊媒師の存在がある。この青年は、おおかたカトリックも宗教だから、同じことをやり、洗礼とはそういうもので、受けたら、何らかの変化があると考えたのだろう。

 

幼児洗礼を腹のそこでこっそり馬鹿にしている、いわゆる「自分の意思で受けた成人洗礼信者」が、洗礼の有無でひどい人種差別をし始めることを忌々しく思っている私は、その考えをひっくり返してやりたいと思った。洗礼によって、愛の相手を限定してしまうのなら、洗礼ほどアンティキリストの行為はないだろうと。

 

ちらりと、青年の顔を見た。純粋そうで、なんかそう思ってみると、邪気に取り付かれているような表情だ。神父さんに言葉をはぐらかされて、しょうことなしに、目が泳いでいた。

 

誰もいなくなったときに、とうとう、私は声をかけた。

 

君、邪気に取り付かれているの?

 

いや、と青年は答えた。教会は日本人の民族の精神とどう向き合うのかと疑問に思いまして・・・

 

ほう。そういうことか、と、私は考えた。

 

青年は何か話をしたそうである。

 

「教会にも昔は悪魔祓いということが行われたこともあるけれど、今は、そういう方向には向いていないようですよ」

 

用心しいしい私は言った。自分の考え、言ってもいいのだけど、自分の所属でもない初めての教会で、そこにきた見知らぬ人物に、多分、教会員の基本の思想と外れている私の考えなんか披露しないほうがいい。常識と用心深さがちょっと私の中に働いた。

 

洗礼を受けると、もう、救われた気分になっちゃう人が、信者の中にいることも知っている。洗礼を受けていない人は、救いの外にいると考えて、自分達だけ清いと考えている人の存在も知っている。

 

だから、「洗礼を受けると邪気が払える」と考えるこの青年の指摘は、的を外れているわけではない。

 

しかし、教会とは基本的に「自分の罪を認識した人の集まり」だ。「救われた人の集まり」では断じてない。私の考えでは、「洗礼」とは人間が作った所属意識、または「戸籍」のようなものだとしか考えられない。洗礼を受けちゃった自分を人より清いなどと思っているやつは、片腹痛い。そういう連中は、逆に邪気まみれじゃないかとさえ思っている。

 

人間にとって都合の悪い出来事を、悪魔や邪気の所為にしているのは精神安定になるかもしれないけど、人はもともと無明であって、存在そのものが不安定なのだ。その不安定を悪魔だの邪気だのというだけで、本来原因は自分の中にあるのだから、なにやったって、邪気は離れない。自分が洗礼を受けて、人より清くなったなんて思うこと事態、すでに無明のなせる業であるから、洗礼に邪気払いを求めるならやめろ、といってやりたかったけれど、やめた。

 

救いを求めるなら、人間が定めた形式の中でなくて、在りて在る者に直接依り頼め、なんていっちゃったら、信者増やしたい神父さん、怒るだろうなあ。

 

まあ、いい。10時になって、久しぶりにミサに出て、一応の形式をこなし、外にでたら、教会の目の当たりに広がるパノラマは、絶景だった。婦人会のボスらしい人を見つけて、教会の案内の冊子でもないかと聞いたら、くれたので、しばらくそのボスと話をした。

 

この教会は森の中にあって、秋はもみじ、春は桜、マリア様の像の下には庭つくりのボランティアが作った薔薇の花が美しいそうだ。私は広がる森を眺めながら、もしかしたら、ここは私の死に場所として適当なところかもしれない、と思った。

 

ある木曜日。晴れていた。 

ここ数日、曇りが多くてどんよりしていて、気はめいるし、なんだか力もなえていて、何もしたくなかったから、家にこもってウジウジしていた。月曜は来客があって、火曜は骨粗鬆症の医者に行き、水曜は生徒が来る日なので、予定以外のことは神経が受け付けなかった。

 

木曜は何もない。晴れれば、徘徊したくなるほど自由な気分になる。

 

どうでもいい用事を作って、駅まで、自転車を走らせた。ところが、乗り初めで気がついたのだけど、直進しようとしても、ハンドルが傾いているから、車輪が左右に揺れて、思うように進まない。

 

先週の日曜日、教会に行った帰りに獣道から舗装道路に出るところで墜落してゆがんだハンドルが、そのままだった。車輪をまっすぐにすると、ハンドルが斜めになる。

 

発車しちゃったし、もう、戻るのも億劫だったから、そのまま駅まで何とかこいだ。

 

100円ショップで、必要なものを数点買って、帰路に着いたのだけど、なんだか、ひどく怖い。車を避けようとしてもハンドルのゆがみの所為で、思うように避けられないことに気がついて、青くなった私は大通りをひたすら避けて、歩きなれた川沿いの道に入り込んだ。

 

ところが、「恐怖」というものは、一度感じたら、いつまでも着いて回るらしい。

 

人が二人くらいしか通れない、平坦な、普段なら歌でも歌えそうな、のどかな田舎道だ。右は田んぼ、左は川、というその「のどかな」条件を満たしているその道が、怖くて怖くて仕様がない。

 

ハンドル操作を誤れば、川に落ちるか田んぼに落ちる、川より田んぼがいいから、田んぼによって走ると、歩行者もジョギング男も、みんな田んぼの側に寄ってくる。

 

かと思えば、右に左によたよた歩くばあさんだの、歩いては止まり、止まってはしゃがみこむ、犬連れのねーちゃんだの、除けようとすると、こっちが川に嵌りそうになる。

 

おそろしくておそろしくて、体は汗にまみれ、腕は緊張で固まり、足はゆがんで蟹股になり、家にたどり着いたときは、生きて帰ったことを奇跡だと思った。

 

時間はそんなに経っていないのである。9時40分にでて、買い物をして11時半に帰った。迷ってもいないし、途中休んでもいない。事故もおきてないし、あわやというような危険にも遭遇していない。

 

しかし、今回という今回は、3時間迷った初めの頃よりも、集中的に怖い思いをした。初めの頃は、迷ったって、自分が下手だっただけで自転車は信用できた。今回は、その自転車が、故障車なのだ。信用して乗った飛行機の不備で不時着するめにあう乗客みたいに、不安と緊張で、10年分くらい年取ったみたいな気分だった。

 

家に帰って、ハンドルをしげしげと眺めた。物そのものは壊れてもいないし、傷もついていない。どういう工具を使えば、ハンドルと前輪の位置を正確に調整できるのか、わからない。

 

私は子供のころから、大工道具には慣れている。家の屋根に上って、ペンキを塗ったり、樋のつまりを掃除したり、鶏小屋を作ったり解体したり、というようなことは、家族みんなでやっていたから、どんな工具をどんなときに使うかは知っているのだけれど、なにしろ、自転車は67歳にして始めて所有したものだ。工具もそろっていないし、だいたい原理を理解していない。

 

今日も人のいない坂道で、ギアという代物を動かしてみたが、どうにもいうことを聞かなかった。

 

さて、どうしよう。せっかく用をたせるところまできたのだ。今から放り出すのはなんとも情けない。恐る恐るチャットの相手に尋ねてみた。

 

どどどどどんな工具を使えばいいのか、教えて~~。

 

当時、ヤフーのチャットには落書きの機能がついていた。絵を描いて、自転車の状態を示せば、どんな工具が必要かぐらい、教えてもらえるかもしれない。

 

相手は答えてきた。「水周りの作業に使うような工具があれば、何とかなると思う。」其れだけである。

 

水周りの工具!しかし、その時思い出した。いつか水道管のつまりを直そうと思って、水道管の太さに対応するモンキーレンチを探しに近所の金物屋に行ったことがある。

 

用途を言って、必要な工具がほしいといったら、その金物屋の親父が、「そんな工具は、女が扱えるようなモンではない。だんなが来るなら売ってやるが、女しかいないなら、水道屋に頼んで、金だしてやってもらえ。」

 

あの時私は腹が立った。アメリカにいる私の姉など、屋根や壁、建て付けの修理から、水周り、電機の修理すべてをこなし、20年前に買って子育てをした家を、自分で修理して新品の家にもどした上で、買った値段で売ったんだ。医者をやっている「男の」だんなは、その時、家に指一本も触れなかったぞ。子供も産めないくせに男、男って、空威張りするな!

 

私は店主を尻目に、店をみて回った。水道管の直径を計ってきたので、それにあわせてかなり大きなモンキーレンチが必要だと、考えたのだ。店主はしつこく、後ろについてきて、「女の仕事じゃない、女の仕事じゃない」と繰り返している。

 

うるせーな。恐妻家の女嫌いめが。知りもしない他人に、あたりちらして、ストレスの発散なんかするな。あほ!

 

で、私はあの時、確かに水回りの工具を買ったのだ。あれを使おう、とその時思った。

 

私はごそごそ手持ちの大工道具を探した。それで、あの、恐妻家の金物屋から買った工具を発見したのである。これだ、これだ、これであの自転車のハンドルのゆがみが直せるだろう。

 

自転車はどう見てもゆがんでいる。ハンドルを取り付けてある部分の位置を回して固定すれば、まっすぐになる筈だ。しかし、この自転車はとめるときに必要な後ろの車輪を固定する器具が着いていない。ほんの少し傾けてとめるためのつっかえ棒が、その役割をしているタイプのものだから、どうしてもまっすぐに立てることができない。

 

しばらく考えた。それで、ふと、自分がまたがって、自転車を股に挟んで固定しようと思いついた。片手でハンドルをまっすぐに押さえ、パイプとハンドルを接続している部分に、水道管用の巨大なモンキーレンチを装着して回せば、動くかもしれない。

 

かなり大変だった。左手でハンドルを押さえ、股の力で自転車を固定し、右手で、怪力を出して、レンチを回す。うっかりすると、腰に来る。あらかじめ、コルセットしたほうがいいかな、と、考えた。

 

自転車は直った。自転車を直せたのは、自分の才覚でもなく、力でもなく、モンキーレンチを買ったときのことを思い出した所為だった。むらむらと、あのときの怒りがこみ上げてきた。あれから、何度か、同じ金物屋にいったが、いつも、あの店主は「女の買い物」を邪魔した。

 

5寸釘がほしかったとき、「あんた、5寸て何センチだか知っているの?あんたがほしいのは5センチの釘でしょ?5寸なんて、女が使えるもんじゃないよ。うちには女が使うものなんて置いていないんだ。100本セットでもよけりゃ、内にもあるよ。」

 

私はその時は、電車に乗って、4駅向こうの金物屋まで行って、5寸釘を買ってきた。私は小学校、尺貫法で育ったんだ。あんなメートル法しか知らない女性恐怖症の腰抜け男よりは、工具の名前ぐらい知っている。

 

ところで、あの男の金物屋、つぶれたらしく、しばらく前から閉まったままになっている。

 

下は現在手持ちの私の工具の一部

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「バランス感覚というもの」

 

自転車で、豊四季教会を往復するのに3度目でやっと迷わず成功し、すこしはマスターできたかな、と考えた。何もできなかったことが68歳(69歳になっていたかな)にして「できた」ということは、なかなか嬉しいことだ。

 

ところで今までは目的地を往復するということがやっとで、散歩としてはそれでもいいと思ってあまりそれ以上のことを考えていなかった。それで、ついでに買い物をした時も、ナップサックで背中に背負える程度の軽いものしか買わなかった。

 

何かができると、次のステップを狙いたくなるものである。私は1週間ぶんくらいの買い物をするときは、折りたたみ式のワゴンをもって出かけ、バスで帰ってきていた。あれを自転車往復出来たら、バス代が浮くなあ、とおもったら矢も盾もたまらず、楽天を探して自転車につけるかごを買った。

 

今日、それを自転車に装着し、担ぐには重すぎる水ものを買いに、自転車を走らせた。ちょうど行きつけのディスカウント酒店に2リットルパックが2パックで1750円という売り出しがあって、欲しかったけれど、重いから躊躇していたのだ。ついでに自家製の枇杷酒を割るためのサワーレモンも買い、さて、自転車に取り付けた新品のかごに入れたとたんにたまげた。

 

自転車は3本の水ものを支えられずにひっくりかえりそうになり、そうはさせじと私は力を込めてそれを支えなおしたとき、その重さに青くなった。

 

これ一体持って帰れるんだろうか。

 

支える腕はガタガタ震えている。踏ん張る足はよろよろしている。いまから買ったものを置いていけない。

 

私はなんとか重さが左右均等になるように積み替えて、自転車を引きずり始めた。まさか、このまま家まで引きずるには遠すぎる。平坦な道に来た時、私は自転車にまたがろうとした。ところが右によろよろ、左によろよろ、どうにもバランスが取れない。

 

そうだ、私の問題は、バランス感覚がないことだった。問題はバランス感覚だったんだ。私はまた積荷をなおし、1本だけ背中に背負った。重心が下にあると動けない。重さは分散しなければバランスが取れない。物理のセンスを思い起こしながら、やっと、自転車を進めることができた。

 

なんか、知らないけれど、みんなすごいものを乗りこなしているんだなあと、いまさらながら感心した。若いお母さんたち、背中に赤ん坊背負って、前後に幼児を乗せて、もちろんヘルメットなんかかぶらず、手にまで買い物袋を引っさげて、自転車をぶんぶん飛ばしている。なんだか普通の人たちが怪物なのか、できない自分がただの馬鹿なのか、考えてしまうと、どっと疲れが出た。

 

私は骨粗鬆症の患者だった。骨粗鬆症に関しては、医者が治らない病気だと言った。レントゲンで、背中の骨の一部が崩れていて、骨がつながっていないのも確認した。だから生きている間ずっと整形外科にかかり続けなければならない。

 

ところで何だろう。ちっこい自転車だけど、私は隣町まで走り回って重い買い物をして、どこにも痛みを感じないで、生きている。すごいなあ、あの鶏男メ。