naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「ばあさんの自転車奮闘記」11月10日

「骨粗鬆症と自転車」5  骨粗鬆症と自転車;隼号編1 

 

骨粗鬆症のばあさんが、もともと乗れなかった自転車に乗れるようになって、なんだか、私はいい気になりすぎている。と自分で思った。 

自転車で買い物ができるようになった。其れがよほどうれしいらしい。ところが坂道の上り下りの激しい道を通って、北小金駅前のサティ迄買いだしに行って、背中にいっぱいになったリュックを背負って帰り道をこいでくると、家に着くころは冗談じゃないほどくたびれる。まだ例のギアをマスターできないのだ。

 

そこでかる~~~~い気持ちで思った。 

「電動自転車を買おう。」 

電動自転車は坂道が楽だという噂をきいた。まるで力を入れなくても、電動ですいすい運んでくれるのだ、と。 

私の白鷺号は脚力とバランス力を鍛えてくれた。しかし、私はもう、これ以上、自分の体力に自信がない。転倒するたびに、弱気になった。坂道は絶対に上ることができないだろう。電動自転車は、そのための救世主のように感じた。 

しかし、サティの自転車売り場を覗いたら、電動自転車は10万近くした。いま10万出せない。ネットを探した。6万前後のものがあった。ふと、エノクに買ってもらおうかと思った。というのは、エノクは10月に日本の昔の会社の友人から、日本語ースペイン語の翻訳のアルバイトを紹介されて、それができたら30万入るから、日本語部分を手伝った私に半額暮れると言っていたのだ。 

15万。今の私には巨万の富だ。でも全部は使いたくない。送料込みで5万以内がないかなあと思った。そこで、検索力抜群の(たぶん検索検定1級の)ネッ友に頼んで、「送料込みで5万円以内の電動式自転車みつけてよん」、と頼んでみた。「あほ!そんなもん、あるわけねえだろ」と、初めは突っぱねられた。泣きつくと、意地悪する癖のある奴なのだ。 

ところが、あほめと悪口言いながら、ネットの向こうで、彼、検索していたらしい。アマゾンで「電動自転車折りたたみ式: アクセル付きでラクラク!シルバー ¥ 29,800」というのを見つけてくれた。送料入れても3万とちょっと。

その価格に驚いた。しかも在庫数1台。私はそれに飛びついた。送られてきたのが、1週間前の木曜。夕方だったし、雨だったので、配達業者に、元アトリエの物置に放り込んでもらった。で、箱も開けずに次の日まで待った。組み立てさえすれば、すぐに乗れるみたいに思っていた。なにしろ、かる~~~い気持ちで買っちゃったのだ。 

次の日、箱を開けようとおもった。しかし、配達業者に物置に入れてもらっただけで、自分で手を触れなかったから、まず、その重さにぎょっとした。箱は婆さんの力ではビクともしないのだ。う・・・ 

仕方ないからそのまま紐を切り、箱を開けたが、今度は、中から自転車を出せない。手に触れる鋼鉄の塊はずっしりと箱から1ミリも出てくれない。仕方ないから、何とか押して箱を倒し、自転車を転がして出した。出しただけで、これ自分に扱える代物かなと、じんわりと疑いが出てきた。 

それから組み立てに取り掛かった。仕様書を探したら、あることはあったけれど、英語だった。ちぇ!機械用語だ。機械用語は日本語だってわからん。しかも、日本のものみたいに、親切に図解してないから、言われていることがよくつかめない。 

でも、ものがあるし、組み立てた自転車の写真はアマゾンのサイトに乗っているので、それを見ればいい。何とか組み立てられた。

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さてと・・・。乗ってみようと思った。しかし、その時、茫然とした。私は、電動自転車の肝心な電気を、どうやってオンにするか見当がつかなかったのだ。 

私は英語の仕様書の内容を電子辞書を傍らに置いてしらみつぶしに調べ始めた。機械用語がわからないなんて言っていられない。そして、とうとう音を上げた。説明の意味がわからないのだ。英語だろうと日本語だろうと、言われていることの意味がわからない。 

仕方ない。アマゾンに問い合わせた。 

「昨日11月26日、以下の注文番号の自転車を受け取りました。

250-4467981-7433400

組み立てましたが、マニュアルが英語なので、理解できないところがあって困っています。日本語のマニュアルがあれば頂けたら幸いですが、それがなければ、次のご質問にお答えいただけますでしょうか。 

1)英語マニュアルの2ページめの説明 

2)3ページ右下の図の説明。

3)発車の際の電動をオンにする方法、オフにする方法。

4)オフにして足でこぐ場合のアクセルとの関係。以上です。よろしくお願いいたします。」

 

アマゾン経由でスキルアップという販売元から連絡があった。 

「当方では対応できません。」 

そのそっけなさに腹を立てた私は、アマゾンのサイトに戻って、「評価」というページを開けた。顧客が購入した品物および、販売元の対応や、配送に関する評価を書き込むサイトである。星の数でその評価をし、その理由も書く欄がある。 

私はその欄に、評価を書いた。星の数を1にし、問い合わせに対する対応は、「人間性を欠き、問い合わせに対応する意思が感じられず、悪質である」とコメントを載せた。 

それからスキルアップに対して再度書き送った。 

「買って組み立てたばかりの自転車に、マニュアルが英語しかないのが残念です。乗物は事故のもとになるから、日本人相手なら日本語のマニュアルを望みます。私は68歳の一人暮らしの女性で、普通の自転車が乗れるだけです。新しい乗り物を操作するには、操作手順が必要で、書かれている英語の意味が分かりません。問い合わせにも応じないという対応は甚だ遺憾です。」 

しかし、私はすでに気が付いていた。私は動力によって動くバイクや車の原理について、もともと無知なのだということを。無知のくせに、こういうものを持ってはいけなかったのだということを。

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はじめの拒絶メールはすぐに来たが、今回の再度問い合わせに対するメールは1日待っても来なかった。 

私は再び、かのネッ友をチャットで呼び出した。うるさがられるだろうなあ、と覚悟しながら、おそるおそる事情を話した。 

自転車を組み立てたものの、車の動かし方がわからない。スイッチみたいなものがあるからオンしたけど、全く反応がない。これは返却不能とはじめから書いてあるので、もし私に扱えるものでないなら、無駄にしたくないので、もし私の能力を超えたものなら、あなたにあげるから、これる時に見て手を貸してください。 

その日に鶏男は、やってきた。彼はバイクを運転する。つまり、バイクの原理を知っている。私の脳みそは真っ暗で雲をつかむような状態だった。なにしろ私は足ミシンは動かせるし、修理もできるけれど、コンピューターミシンはエノクが20年前に買って以来、ちょっとのことで動かなくなり、裁縫そのものを放棄した人間だ。 

彼も私が組み立てた自転車をなでまわし、初めは私がやったようなことを全部してみたが、どうすることもできなかった。で、ふと、私が気になっていることを言った。 

「実は、そこに鍵がぶら下がっているのだけど、鍵を通す穴がない。その鍵、何のためにあるのだろう。自転車には普通車輪のところに鍵がついているけれど、この自転車にはどこを探しても、それらしいものがない。」 

「え・・・。」彼はその鍵を手にとってしげしげと眺めた。 

で、サドルの下の箱・・・なんていうんだろ、あれ・・・電源入れてチャージするやつ・・・の上にある、私にはどうしても「穴」にさえ見えないところに差し込んだ。 

わあ!

その時電源が入ったのである。私は諸手をあげて踊り狂った。ついたついたついた!明かりがついた!ハンドルの上のライトの上に4個ある黒いブチブチが緑になった。野蛮人がはじめて時計を見て感じる感動を、私はその時味わった。

「電気がついた、電気がついた、すごいすごいぞぉ、インディアンうそつかない!」

意味不明の感動を声に表した。

 

そして彼は動くようになった自転車に乗って、すーいすーいと私が白鷺号で、絶対登れなかった自宅の前の坂道をのぼって降りてきた。それを見て私は、やっぱり早まった。自分で試運転しないで、これなら、もう自分でできると思ってしまったのだ。

さて次の日。いよいよ試運転してみよう。ちょっと得意になってウキウキしながら私は「隼号」と命名した新車を引っ張り出した。 

重い。実はここ数日、私は胃腸を病んで、絶食していた。その日は食事は済ませたが、自転車がものすごく重く感じるほど、体力は回復していなかった。 

隼は私の言うことをきかず、乗れば必ず傾き、しかも足がつかずに起こすことができなくて苦しんだ。なぜ、足がつかないのだろう。私は白鷺号と隼号を並べてみたとき、確かにサドルの高さは同じように見えた。隼は高さを限度まで低くしたのだ。これ以上、どうやっても低くできない。困った。自分のコンパスを長くすることはできないんだ。 

それでも広い所で何とか試してみよう、と、私は考えた。それで、自宅の前の坂道を鶏男がすいすい登っていったのを思い出して、坂道の手前で乗ろうとした。そうしたら、ハンドルを回せばこがなくても勝手に進むようにできている隼めが、握ったハンドルの命令を受けて、ずずんと勝手に動きだし、乗りかかって、まだサドルに落ち着いていない私を引きずって、私がアジサイを植えた斜面の方向に曲がっていった。そこは道路になっているわけではない、この夏私が蜂に刺されて転がり落ちた斜面だから、傾斜が急なのだ。 

すわっ!ハンドルを持ったままここを落ちたら死ぬぞ!と一瞬感じた私は、ハンドルを放して、傍らの木にしがみついた。隼は土のやわらかい斜面の途中で倒れた。私も怪我をせず、隼も傷つかなかった。 

それでもその日、私はあきらめなかった。白鷺だって、一般道で乗れるようになるまで4カ月はかかっている。その間、体中打撲傷だらけだ。新しいものに挑戦するのに、引っ込み思案していたら、進歩がない。私は隼を引きずって、車の通りがない自転車の練習場だった農道まで歩いた。 

本当に誰もいなかった。しかし自転車はものすごく重かった。私は再び、隼に跨った。しかし、また倒れた。動力が付いた自転車で倒れるのは、ただの自転車どころの怪我では済まされない。いい加減にしろよ、と私の内部の声がした。その体力でそれ以上やったら死ぬぞ。

そしてまた次の日、私の英語教室に新しく来てくれたMさんという友人が来る日だった。彼女の知恵を拝借しようか…と、その時ぼんやり考えた。私より小柄の人だから、私がコンパスのせいで乗れない自転車なら彼女も乗れない。しかし、一人より、二人の方が知恵が湧くだろう。 

留めたまま、何度乗っても、サドルは白鷺より高く、しかも前に反りあがっていて、股を直撃してものすごく痛いのだ。あれじゃ、乗れても痛みで操作が鈍る。サドルを何とかする方法はないものか。 

Mさんは自転車を眺めて、白鷺のサドルと交換してみようといい始めた。で、私の力では動かなかった2台の自転車のサドルのねじを外してひっこぬいた。しかしよく合わせて比べると、企画品ではないらしく太さも長さも違うのだ。代用はきかなかった。 

彼女は隼のサドルの下にくっついている黒いジャバラを少し切ったらどうかという。しかし部品を切ったり割ったりすると、もう、私以外の人に譲ることもできないのを私は心配してしぶっていたら、彼女、ジャバラをすぽっとはずしてしまった。なんだ、とれるなら、その分だけサドルが下がる。 

ジャバラを取り外した状態で、乗ってみた。それで片足がかろうじて地面に着いたのである。でもまだたりなかった。前に反りあがった形を何とか水平にできないものか、そうでもしないと、痛くて乗っていられない。 

しかし彼女の知恵も、そこまでだった。ひとまず、昨日の状態よりは進歩した。

 

彼女が帰ってから、私はふと、近所に屈強な男性が住んでいるのを思い出した。私の住むこの街は老人の町で、ほとんどが私より年上だから、力仕事で手伝うなら私の方である。口がきけるご近所で、とうてい力なんか貸してもらえる人はいない。近年越してきた若い移住者がいても、最近の若いのって、ばあさんの私が挨拶しても、けげんな顔して挨拶さえも返さないのだ。 

で、思い出したその屈強な男性というのは、車を持っていた奥さんと離婚したばかりの人物である。そんなことどうでもいいのだけど、主のいなくなった駐車場は私の家の横にあって、草ぼうぼうのまま放置されていたのを、私が菜園にするように勧めて以来、本気になって野菜作りを始めたのだ。 

だから暇があれば、野菜の世話や収穫のためにでてくるので、このところよく挨拶を交わしていた。彼、若いころブラジルでヒッピーとして放浪したことがあるという。という歴史を持っているだけあって、かなりの自然派で、野菜作りも半端じゃない。駐車場として固めた地面をひっくりかえして中の砂利を篩にかけてその砂利も利用して道路と菜園の仕切りを作っている。体力がすごくありそうなのだ。

 

しめしめ、あの体力、使えるぞ。

 

私は自宅の庭に生えていて、いま、実をたわわにつけている柚子を眺めた。これが餌だ…にひひひ。

 

水曜の朝、ゴミを出しに外に出たら、腕力の持ち主、畑にでていた。 

「オヤ、今日は水曜なのに、お休み?」

とたずねたら、仕事行くまえに畑だという。そうとう菜園にいれこんでいるようだ。で、切り出してみた。お休みのとき、ちょっとお知恵拝借したいことがあるんですが、と言ったら、何ですか?と、何かすぐにでも助けてくれそうな気配。

 

自転車を見せた。サドルがわずかに高くて、これを水平にすればなんとかなるんだけど、水平にする方法ご存知ですか? 

あ、やったげるよ。モンキーある? 

工具はいろいろある。モンキーを持ってきた。彼、屈強な腕を見せて、ねじをころころ回し、瞬く間にサドルは水平になった。

 

きゃっきゃっきゃっきゃ!!大感激。感動のあまり、柚子をあげようと、高枝バサミで柚子を狙ったら、どんと落ちてとげが刺さった。でもそんなことどうでもいい。 

彼柚子が好きだと言う。「おおきに」と大阪弁で言って、畑の野菜を虫ごとくれた。虫食う野菜は農薬なし。いいご近所関係ができそうだ。 

朝の仕事を終えてから、私はやっと隼号に乗った。片足がつく。サドルは水平で違和感もない。ハンドルを回したらすうっと滑った。お!乗れる。でもまだ私は警戒心を解かなかった。白鷺号を練習し始めた公園に行って、まず、数週間ハンドル操作を身に着けようとおもった。

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隼号に乗った骨粗鬆症のばあさん↑

 

白鷺号の練習をしていた夏は日が高くて早朝でも明るかった公園は、今は明け方は暗くて、中学生の登校時にならないと明るくならないので、人が公園にいないときと言ったら、幼稚園児が幼稚園にいるころかな、と思っていた。 

ところが公園はゲートボールのおばさん集団にのっとられていて、私は練習場を失った。だから、まだ家の周りのほんの少しの距離しか試運転ができない。でもなんとか、3人の文殊の知恵と力で、隼号は「私でも乗れる自転車」になった。

自転車が3万なら、15万は多すぎる。私は振り込まれた31万のうち20万をエノクの口座に送った。エルサルバドルでは、98歳の舅を、エノクが介護している。暮れの出費は大変なはずだと思ったから。

 

 あさ、教会に行こうと思って、白鷺と隼を両方、小屋から出した。

昨日サティで割引セールをやっていたので、私は自転車用のダウンジャケットを買った。白鷺はこぐからものすごく汗をかいてあまり厚着の必要がない。隼はこぐことがあまりないから、この寒さで、風を受けたらこたえるだろう。だから、ダウンジャケットは隼用に買ったのだ。 

しかし私は今日、玄関を出るとき、新しいそのジャケットを着た。隼に乗って教会に行きたいと半分思っていたのだ。 

まあ、いいからちょっとこれで出てみよう。私は隼に乗って、中学校の前のとおりを滑り出した。快調である。風は冷たい。ハンドルの操作だけで体を動かさなくてすむ。このまま、教会にいけるかなあ。考えながら走った。多分、橋を越えて交通量の少ない道に出たらいけるだろうと思った。 

ところが、中学校を過ぎて、松戸市と流山市を分けている川の橋の方角に曲がると、そこはひっきりなしに車が飛び交う通りなのに、自転車用のスペースがない。割と広い歩道があるが、動力の付いた自転車で通るのは遠慮した。そこは中学生がよく集団でジョギングをしているところで、日曜も運動部の中学生が走っている。もしものことがあったら、責任問題だ。 

それで神経を立てながら自転車道のない車道を走った。しかし後ろからスピードを緩めない車がほとんどすれすれに走り抜けていったとき、これじゃ、神経が持たないと思った。 

仕方ない。今日は観念して中学校の周りをを3周し、家に戻って、白鷺に乗り換えた。走り始めたがなんだか、ぎこちない。私は、今快適な隼に乗っていたから、ちょっと違和感を感じるのだろうぐらいに思って、小金北中を過ぎて、橋を渡り、道路を2本横切って流山の八木中に向かって走っているとき、やっと気が付いた。 

車輪からぎしぎしとゴムのすれるような音がする。ぎょ!空気が抜けているのだ。こぐのがやたらに大変で、しかもハンドルを取るとギクシャクする。見たら車輪はぺちゃんこだ。

教会までの一番の「難所」、上り下りの激しい、しかもうねうねと曲がった自動車道に差し掛かったら、もう、こわくて進めなかったので、とうとう、降りて歩いた。乗っていなくても、車輪はぎしぎしと音がする。 

途中、タバコをすった高校生みたいな坊やに道を聞かれたけれど、こんな年中迷ってばかりいるばあさんが隣町の道なんかわかるわけない。でも、その「難所」は車は通るけれど人はあまり通らない、怪しいさびしい通りなので、タバコの兄ちゃんと雑談しながら歩いた。 

そうこうしているうちに、やっと見えてきたのが、教会にいたる農道である。その農道に入るところで難所は終わる。ほっとして、タバコ兄ちゃんと別れて、もう一度がたがたの自転車に乗ってはしりだした。やっと教会が見え、その下に蜂蜜屋の姿が見えてきたとき、ああ、あのおっさんが自転車の空気ポンプを持っているかもしれないと、思った。 

今日は、数人の客人用に、蜂蜜を仕入れて、クリスマスプレゼントを作ろうと思っていたので、そこで数個の蜂蜜を買いながら、ポンプがないかと聞いたら、ないという。でもおっさん、自転車の車輪を押してみて、うひゃあ!と叫んだ。そして気の毒そうに私を見ている。 

しかたない。ミサの時間も迫っていたので、教会に登っていった。そしてミサの間中、心はどうやってポンプを見つけるべきかと考えていた。終わってから、婦人会のお偉いさんらしい女性に、自転車のポンプがどこかにあるかと聞いたら、「ありません」と即答する。そんな即答ができるほど、教会のこと知っているの?もう・・・。教会には人も住んでいるし、いろいろは雑事をする部屋がある。掃除もすれば用具もいる。0歳から100歳の人が来る。「ありません」と即答できるほど、この信仰に輝いている女性、教会中にあるものの事を知っているのかい・・・ 

女性はだめだと感じた私は、男性を探した。で、とりあえず外で挨拶のために立っていた神父さんに、いきなり「自転車の空気ポンプありますか?」と聞いた。信者のにおいのする朝の挨拶ではないので、一瞬目を白黒させている。でも、すぐに対応した。「教会の裏方がいるから、たずねてみましょう。そういう話は男がいいですよ、男。」

 私が感じたと同じことを考えている、この神父さん。なんだかおかしくて、同時に、ほっとして微笑した。でも信者がどんどん出てきて、信者っぽい信仰深い形式の整った挨拶をしまくっていて、神父さん対応に追われている。退屈だろうなあ、ああいう挨拶に答えるの。

 

私は辺りを見回した。数件の建物がある。教会と言うところは、会議だの、聖書研究だのバザーだのがあって、いろいろな部屋があるのだ。必ずどこかに、掃除用具だの資料関係のものを置くための物置があるはずだ、と思ったのだ。 

で、あった、あった。「資材室」と書かれたドアがあって、そこに誰か男性が入っていった。あそこで聞いてみよう。 

その「資材室」にいってそこにいた男性に声をかけたら、若い男が後ろから私に声をかけた。「ありますよ、自転車のポンプ」。手にポンプを持っている。神父さん、ちゃんと覚えていて「男」を見つけて声をかけてくれたんだ。よかったよかった。私はそのポンプを借りて、自転車置き場に下りていった。 

そうしたら、ミサの前に寄った蜂蜜屋のおっさんが、自転車のポンプを持った若い男と一緒にきていた。あらまあ、すぐに私は、蜂蜜屋が、ポンプを探して、私のために、いろいろな人に声をかけてくれたのだと知ってうれしかった。「男の対応」はいいね。親切だ。女はダメ。うっきゃっきゃ。 

私は計4人の「男」の親切にミサの内容より感動して、ありがとうありがとうと、頭を下げて、とても気持ちよく自転車の空気を入れ、やっと軽くなった白鷺に乗って、かえってきた。

 

で、帰りの所要時間は15分。 

でも、つくづく思った。教会にいる女性って、なんでみんな、ああなんだろう。別に私は特に男好きというわけじゃないけれど、女性はどうでもいい夢物語みたいな話にはすごく大げさに素敵な言葉遣いで乗ってくるが、実用的なことにはまったく応じない。その点、男性は必要なことに、すぐ対応してくれる。女の私は、やっぱりなんだか変な気分だった。