naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「この世で出会った動物たちの物語」11月20日

 「私にとっての動物」1

 

私が80年近く前に、東京都武蔵野市で生まれた時、自宅には猫とカラスと複数の鶏とその他いろいろの小鳥たちがいた。

 

日米開戦の直前だったから、自宅は当時、作ったころの優雅な面影はなくて、私の記憶している限り、掘りぬいてできた防空壕の穴倉と、自然に生えた草木と、家族が植えた畑の作物ばかりだった。

 

そこに「ペット」がいるというのは不思議なんだけど、とにかく「かん子」と呼ばれるカラスと、猫と鶏がいた。かん子はいつの間にか消えたけど、猫と鶏は何代も代わって、私が35歳で結婚して家からいなくなるまで、彼らはあの家に居続けた。母がなくなるときは、九官鳥がいて、それを兄の一人が引き取ったのを記憶している。

 

子供の時から私たち兄弟は、うずら、スズメ、メジロ、野鳩、ホオジロ、それらすべて自宅の木にかかった巣から落ちてきた幼鳥を育てたものだ。カナリアや文鳥みたいな、店から買ったものもいたけれど、ほとんどが自然の中から拾って育てたものばかり。

 

で、私はそういう環境が身についていて、どこに行っても人間以外の生き物をそばに置いて暮らす癖が消えなかった。

 

エルサルバドルでは鶏を飼っていたな。写真はわずかしか残っていない。娘にせがまれて犬も飼ったけれど、犬との相性は私が欠いていたので、うまくいかなかった。

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娘と遊ぶ鶏たち。↑

 

その後エルサルバドルの内戦が激しくなって、日本に難民帰国してから落ち着いた先で飼い始めたのが、チャボ。昔子供のころ飼っていたチャボは体が白くてしっぽが黒の「桂チャボ」と言われる種類だったけれど、帰国後かったのは「碁石チャボ」。とてもかわいかった。

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 めんどりが2羽いたのは忘れていた。ひなの色から見るとチャボの子じゃないな。

チャボは何チャボでも子育てが好きで、そばに別の鳥が卵を産もうものなら、くちばしでその卵を自分のお腹の下に潜り込ませて、そだてちゃう。ダチョウがいたら、それも育てるだろう。大きさなんて構っていないから。

 

うちのチャボがそうやって育てた鳥には、自分より大きな鶏をはじめ、アヒルも孔雀も、いて、にぎやかだった。

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チャボが育てているアヒル。

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孔雀のひな誕生