naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「古事記」における国名ヤマトの漢字表記について;2

2)国号の違いと言語の違いに関する疑問

 

★支配層と被支配層の言語の違い

 

 “天”の考察においても“命(みこと)”や“神”の考察においても、私は日本書紀編纂にあたった為政者、つまり一度断絶した皇統を女系によって何とかつないだことになっている,継体朝直系の一族を中心とする政府の言語と、天照直系の伝承を持つ神武から少なくとも景行までの一族の言語とは、異質なのではないかとの疑いを抱いてきた。(つまり、支配者と被支配者の民族が同じではない可能性)

 

 これは日本書紀編纂にあたって、和語に表記の規定を行った編纂者の和語に対する理解と、実際に使われている和語の意味範囲との間に、少なからず、ずれがあることに気づいたからである。そしてそれは単なる言葉のずれにとどまらず、実名の命名法にもずれがあり、今またここで国号の変遷の歴史の中にも、このずれが見えてきているのである。

 

 毎日新聞社出版の“古代日本語の謎”の巻末にシンポジウムが載っていて、その道の多くの専門家、つまり言語学者をはじめとして、歴史学者、考古学者、作家などの、古代日本語に関する対談が記録されている。

 

 この対談の内容から、私は多くの知識を得た。よく知られている橋本進吉氏の説、つまり、7,8世紀の日本語には現代日本語の5母音に対して、8母音あったという説が紹介されるが、これを受けて大野晋氏はこの8母音時代をさらにさかのぼると、母音の数は4つだったという説を紹介している。ところで、韓国人作家の金達壽氏によると、日本の奈良時代に在ったという8母音は、朝鮮語にとっては特に研究対象にすることではなく、現代だって、そのまま朝鮮語は8母音なのだそうである。

 

 つまり奈良時代、日本書紀筆録時代、和語の漢字表記決定時代の言語は、古代の4母音、ひらがな発明以後の5母音の言語に挟まれた、ほんのわずかな時代の8母音言語であるといえるだろう。言い方を変えれば、和語はもともと4,5母音の少数母音から成っている言語で、日本書紀筆録時代の8母音言語は、本来の和語とは異質の言語であるということになるのだ。言語が異質であるということは、言語を発する人種が異質であるということにほかならず、私が“天”の考察以来抱いている疑問は、母音の問題からでも同じ方向を向いていると言わざるを得ない。

 

 いったい、8母音言語を使っていた為政者とはどのような為政者であったろうか。それは、“阿麻”を“天”と表記がえし、“命”を荘厳な称号に変え、“ミコト”に“尊”の文字を与えて、“神”と同格にし、草壁の皇子を神格化し、一族の皇位継承者のみに神武朝伝統の諡号を贈り、蔑称「倭」を自称しながら、国内向けには“ヤマト”の音にこだわった為政者である。

 

 その為政者の性格を以下に整理してみる。

 

①言語に8母音を持ち、“ヤマト”と名乗る4母音語族を支配している。

②大陸から見た蔑称“倭”の表記には無神経で、“ヤマト”の実質に対する誇りよりも、“倭(わ)”を支配することに国際的誇りを持っていた。

③つまり、この為政者は土着の“ヤマト民族”ではない。8母音を持った朝鮮半島人である。

④“ヤマト民族”宣撫のために、内部または外部からの勢力による争いの中で断絶した“ヤマト”の皇統と婚姻関係を結んだかもしれない。または、実際には関係を結ぶことがなくても、“ヤマト”の皇統の正当な後継者を名乗って、国内向けにはあくまでも、“ヤマト”の皇統が健在であるかのように見せかけた。

 

 万世一系はそれを必要とする民族性を宣撫するための創作であろう。7,8世紀の為政者は、おそらく被支配者や、残存ヤマトの勢力がヤマトの伝承を大切にしているため、ヤマトと名乗る王朝の存続を信じさせないと、王権の座を保持できないほど、少数の勢力だったと思われる。ヤマトの王朝を存続させて、国内を宣撫するというこのやり方は、20世紀の第二次世界大戦に敗れた日本の天皇制を存続させて、日本を宣撫支配したGHQの支配の方法とまったく類似している。