naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

クリスマスのおどろおどろしい話

クリスマスのおどろおどろしい話

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 クリスマスと呼ばれる季節になると、否応なしにいろいろ考えさせられる。日本は『和魂洋才』の国だから世界中のあらゆるバカ騒ぎをとりいれながら、断固として和魂を保持している、すごくいい国だ。バカ騒ぎが商業中心で終わると、すぐにいつもの和魂保持者に戻り、のっぺりして歩いている。前を歩いている美しい女性に声をかけて後ろを振り向いたのをみたら、のっぺらぼうのお化け、なんていうのは日本に来た外国人がさんざん味わっただろう。そう思うと、おかしくてたまらない。
 いつぞやフランス人講師がやっている爺ばば英語教室のクリスマス前の話。講師のフランス人、中身はカトリックの本来の精神に満ちているくせに、凄くいつも突っ張って、ハロウイーンだの、クリスマスだの、イースターだの、西欧起源の祭りが我が日本スーパーの商戦ミュージックとして始まるころ、その起源をケルト民族の祭りの意味から始めてクリスマスがキリスト教と無関係の話を話しまくる。(さすがイースターはキリストと無関係とは言えないだろうけどね。ただし、あの卵はなんだんべい)
 和魂保持者のこちらとしては、どうでもいいんだけどね、イエスキリストは生年不詳で、生きて、もの言って死んだのは確かだから生まれたんだろうけど、12月25日なんて言うのは嘘っぱち、とかいう。で、其の12月25日は本来冬至の祭りで、ケルト民族の祭りだったのを、キリスト教が、キリストの誕生日にすり替えた、とかいう。
 でもアメリカ大陸を乗っ取りに行った蛮族スペイン人種が文明国マヤ、アステカ、インカを滅ぼしてさんざん拷問虐待してキリスト教化したやり方に比べれば、ケルト民族の当時の祭りをキリストの誕生日の祭りにすり替えたのなんて、布教のテクニックとして優れていると思うよ。彼らはケルト人の楽しみを奪わなかった。名前を換えただけ。すごくうまいじゃないの。
 で、そういう講義をした後で、彼女、爺ばば集めて、「サンタクロース」の本当の起源の物語の寸劇をやらせたの。例の通り、サンタクロースはアメリカ産の偽物で、本当は12月6日が命日になっているセントニコラスの生前の行為が起源だとか。
 で、そのセントニコラスが何した男かというと、森に住んでいたある夫婦が、森で道に迷った3人の子供に宿を提供すると見せかけて、殺して樽に詰めてハムにしようとしたところ、奇跡起こして、3人の子供を生き返らせたって言う事になっている聖人だとか。で、其の聖人が、よろず子供の保護者となり、死んだら聖人としてあがめられるようになったけれど、其のニコラスさんが生前大司教だったため、赤いマントを着ていたことから、赤服のじいさんのサンタクロースが派生したんだとさ。あれは意味がない、アメリカの産物だと、憎々しげにいっていた。どうだっていいよ、もう。
(ところでさ、グリム童話にしても、イソップ童話にしてもアンデルセンにしても、森に住んでいる婆さんが子供を食べる話ってよくでてくるけど、ひょっとするとあれ実話だね。異民族の事を人食い人種とかいうけれど、あれ自分たちの先祖がそうだったんじゃないの?)
 で、昨日の最期の授業では、フランス人講師、其れを寸劇にして、じじばばにやらせるの。まいったね。みんなぎこちなく、ちぇっ、仕方ねえな、見たいな顔してさ、其れを相手に、例のフランス人が、何とか演技をさせようとしても、日本人だもん、のっぺらぼうを決め込んで、そっち見ている方がおかしかった。仕方ないから、私がやらせられた役で、ほんの一言アドリブ入れてやったら、フランス人、キャッキャと喜んでいた。
 
 ところで、クリスマスにはクリスマスツリーが飾られるのが世界の常識になっているけれど、その飾りは、イエスの誕生とは全く関係ない。そもそも、使われるトウヒはキリスト誕生の地には生えていないはずで、伝説によれば、イエスはうまの中で誕生したことになっている。トウヒのあるような地域は、北欧であって、北欧の厩の中で生まれたら、寒くて親子とも死んじゃったであろう。飾りにケチをつける気はないが、すごくちぐはぐで、あれがクリスマスの象徴なのは、どう考えても疑問。