naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

お念仏とお題目

ブログを読んだ友人から、ご意見たまわった。
 
南無妙法蓮華経は、お念仏じゃなくて、お題目だということ。私はキリスト教の一派のカトリック信者で、実は仏教には無知。南無妙法蓮華経は日本における日蓮宗の言葉で、私が「念仏」と言って間違えた南無阿弥陀仏浄土真宗の言葉だということは、知っているけど、違いも意味もわからない。だからうっかり「念仏」と言ったのであって、他意はない。
 
他意はなくても、真剣にその派に属する人から見れば、さぞ気分悪かろう。キリスト教を揶揄して「アーメンソーメンひやソーメン」という戯言を聞いても、私がいい気分はしないのと同じだから、気分を害された方、おわびする。ただし私は揶揄する気は毛頭なく、単なる無知によることとして、お許し願いたい。
 
かくいう私も、数年前ネットで出会った真宗門徒の影響で、仏教を研究したけれど、日本仏教の派の違いまでは研究していないし、どの宗教でも派閥に関する違いや争いには、入り込む気はない。
 
私があの記事で言いたかったのは、無辜の民の孤独な信仰心に対する感動であって、聞こえてきた言葉が南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経でも、インシュアラーでも、キリエでも、パーテルノステルでも、よかったのだ。
私はあくまで「無辜の民」の素朴な信仰に、区別や差別や言いがかりをつける気はない。その心に、黙礼するだけの、単純な反応だけ、くみ取ってもらえれば幸いである。