「右近と左近の物語」

「右近と左近の物語」

エステとか、とにかく美容に関する限り、世は「生えてほしくない場所」に生える毛を目の敵にしているらしい。で、エステ業界は世の人々に、毛とは、頭にしか生えてはいけないもので、頭には、生えなければ恥ずかしいものであるという「常識」を蔓延させている。

一言で言うと、ばかばかしい。

私が高校の教壇に立っていたころ、入学試験の面接に立ち会った。その時、一人の男の子が顎にわずかな髭が生えかかっているのを見とがめた面接官が、「なぜ髭を剃ってこないのか」と尋ねた。男の子は「折角生えてきたので、もったいなくて」と、幼い顔で素直に答えた。別に「だらしないことのいいわけ」ではなかった。

しかし、面接官はその男の子の態度が「ふてぶてしくて非常識だ」ということで、彼を落とした。

その男の子は、自分の成長を喜んでいたのであって、大人になりかかって、自分の体の変化が楽しかっただけだ。私にはこのこの気持ちよくわかるし、態度は素直で、「ふてぶてしく」はなかった。男性のひげが生えてはいけないという「常識」は、反って異常だと、私は思った。

私はひと頃、頭以外のところに生えた「毛」を大事にしていた。それは、足の指の上に生えていた。普段靴下をはいた生活をしているから、足の指の上に毛が生えるということが、人目にもつかず、誰も指摘しないから、人はすべて足の指の上に毛が生えるものと、思っていた。

ところがある時、友人が、「足の指の毛をどうして剃らないの?普通、そんなところに毛が生えたりしないわよ。」と、指摘したので、はじめて、自分は生えてはいけないところに毛が生えている動物なのだと、気がついた。

私は、急にその毛が愛しくなった。この毛、誰も持っていないのに、自分にだけ生えてきたんだ。面白い。ときどき眺めて、足の指の上に生えた毛をいとおしんだ。毛に名前をつけてやろうかとさえ思った。特に親指の上に生えた毛は、立派でつやつやして長くて、美しかった。

右足の親指の毛は、「右近毛太郎」、左足の親指の毛は「左近髪次郎」となづけた。

幼い娘がそれを見て、一緒に、私の右近と左近をかわいがってくれた。普段はそんなに人目をひかないから、誰も、私の「毛に関する思い」を非常識だ非常識だと、騒がなかった。

実は、その大事な右近と左近が、最近消えたことに気がついた。他の指の上には、まだ生えているけれど、右近と左近が消えていた。私は、男性が頭が禿げるのを悲しむ気持ちを初めて理解した。