バザー

私は友人が死んでから、どこのバザーも断っていた。もとより買い物を楽しむ気はなかったし、帰国してからずっと協力関係にあったラテンアメリカの組織からは、離脱していたから、もう、店を出すということは、考えなかった。

ところが、2度ほど、誘われて出店をしたことがある、亀有の教会から案内が来たので、考えていた。というのは、私が25年も籍を置いた松戸の教会も、現在、まだ籍を抜いていない豊四季教会も、行事の連絡は来なかったのに、まるで無関係な亀有教会だけが、いつも案内をくれるのが、勝手に孤独の道を歩いているとは言いながら、嬉しかったのだ。

手元に、ストックしていて、自分で使いもしないスペインやラテンアメリカの雑貨があって、売ろうと思えば売れるのだが、新しいものは何もない。作る気もしなければ、手持ちのものを点検する気も起きなかった。

ぎりぎり昨日まで、私は躊躇していて、ああだ、こうだと、断る理由を探したが、天気はいいらしいし、ものはあるし、断る理由を探しながら、係の人に電話したら、相手は、当然出るものと思っていて、机もイスもそろえてあるというのだ。それで、その電話で、あれあれっといううちに、でることになってしまった。

晴れといっても、夕方雨が降るらしい。私の大事な自転車を覆いもない駐輪場に置くことはできないと思って、たくさんの荷物を持って、バスと電車で行くことにした。

出発間際まで、躊躇していた私は、釣銭の用意もしていなかったので、いつも、スイカで乗っている交通機関の切符を5000円札で買い、細かいお金を作った。亀有駅から、歩けばかなりある。元気だったときは、歩いたが、今日は荷物を引きずって、昨日も東京に出て疲れていたので、またバスに乗った。そこで、亀有教会に行くというお婆さんに出会い、お話しながら、案内してもらって、迷わずに教会に到着した。

電話で言われたとおり、机もイスも用意されていて、初めて私は売りに出すものを点検した。値段だって、その時始めて決めたのだ。

まあ、それでも奇特な人は数人いて、ちらほらと売れて、少なかったけれども、何とか寄付もでき、帰ってきた。松戸教会の人も来ていて、私を見つけて声をかけてくれたが、何か私はくたびれた。

私には、「ひと」と会うということが負担らしい。自分に理由があることは重々承知だが、体力の限界を超えている土木作業のほうが、疲労の質が違っていて、すがすがしい。たぶん「ひと」である私も、出会って他人に負担をかけているのだろう。そう思うと、心の負担が2重になって、やっぱり私は明日から、崖にしがみついて、時を過ごそう、と思った。