足、治った

昨夜、風呂に入る時、足の怪我を確認した。いつもなら、起き上がれないほどの打撲傷の時、紫色にはれ上がって、数日間歩けないのだが、たぶん初期の応急処置が功を奏したのだ。痛みは残っているものの、腫れてはいなかった。で、磁気つきのサポーターをしたまま、寝たのだけど、朝起きてトイレに立つ時、びっこを引かずに歩けることに気がついた。

おや。治っているのかな。

サポーターを取って、怪我を調べた。紫に腫れてない。痛みが薄らいでいる。確認のため、何度か行きつ戻りつ歩いた。大丈夫。

実は、今日、例の雨宮神父の聖書講座に行くことを計画していた。帰りが6時過ぎになるから、そのために、自転車の交通安全3種の神器をそろえたのだ。他のためなら、わざわざ暗がりなんかに出ない。あんな知的レベルの高い聖書講座は、どこに行ってもお目にかかれない。しかも質問を受け付け、まともに応えてくれるところなんて、皆無に近い。日本の「地方」だけでなく、ラテンアメリカの教会事情を知っているから、あまりにへんてこな言葉を聞きたくなかった。

先日、兄貴に会った時、兄貴が回った世界の国々で、信者の中で一番地的レベルが高い「庶民」がいる教会は、どこだと、聴いてみたら、即座に彼は答えた。

「日本だ。」

なんだか意を得たり。日本は、キリスト教の布教を受けて、キリスト教に支配権を渡さなかった唯一の国だ。歴史的に、迫害の対象にはなっても、支配層がキリスト教を利用して支配したことがただの一度もない。

「迫害の対象になりこそすれ、支配者にならない。」これこそまさにキリスト的だよ^^。欧米を始め、ラテンアメリカ、東南アジア諸国は、その逆で、常に、キリスト教側が侵略者であり、支配者であり、迫害者だった。まさにイエスの精神の逆行をしているところにキリスト教の歴史があった。

だから、フィリピンやラテンアメリカキリスト教徒って、うんざりするほど知的レベルが低い。自分があの仲間だなんて、思われるの恥ずかしいと、娘が言っていたけれど、私もあの国にいたときは、そうだった。キリストの精神を理解して実行しているのは、学者レベルのほんの少数。

で、日本は、その学者レベルの講座に、庶民がついて行ける唯一の国ね^^。さて、でかけよう。