naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

土木、終盤かも

昨夜、かなり雨が降ったのかな。土をもらってきたいけれど、どうだろうと、考えながら8時に出発した。往路は、道がぬかるんでいて、おかげで自転車は泥だらけ。現場に着いたら、作業員が、なんだか、たくさんいる。ちょっと心配になった。

小屋から、アントニオ猪木が出てきたので、挨拶したら、「今日は、無理だよ、トラックがどんどん土を運んでくるからなあ。」という。私は、凄くがっかりした表情を見せたらしい。

彼、ちょっと考えていて、「じゃあ、何時ものところじゃなくて、こっちならいいよ」と、近いところの山を指した。気の毒そうな顔をしている彼の表情を見て、少し怖気づいたが、とにかく、この1週間なにも洗ってない作業着を着てバケツ3つと、袋を10個持ってきた苦労を、自らいたわって、申し出に甘えることにした。

とにかく現場は土だらけ。膝近くまである作業用の長靴をはいてきたが、その半分はぬかるみにはまってしまった。入れ物を広げて、とにかくどんどん作業を始めたのを見ていたアントニオ猪木、「ちょっと待てば、軽いいい土落としてやるよ」という。で、彼、裏に回って、起重機操作を始め、私の頭の方から、土をどさんどさんと落とし始めた。

なるほど、柔らかい土だ。さくさくとスコップが入る。なんだか、私はあきれられているのか、同情を引いているのか、気になっているんだろうなあ。今日は、かなり話しかけてきた。

土で畑でも作るのかと聞くから、自宅の敷地内の崖の土留めをやっているのだ、と言ったら、彼、ちょっとあきれ顔。

それじゃあ、この自転車でちょこちょこ運んだって、なかなか終わらないべ。

私一人でやっているんだから、2年かけるつもりだべさ。

うっかりずうずう弁が移っちゃった。彼の話しぶりは、東北風朴訥弁でかなり懐かしい。東北人かどうかは、確認しないから、知らない。私は、別に東北育ちではないけれど、母が伊達藩の出身だったせいか、どうも、関東以北の人種と気が合うらしい。話し方ですぐ、ああ、私流儀丸出しで、話をしてもいいのだと、安心させる何かを持っている。

彼ら、口は重いし、多弁ではない。へらへらつまらないお世辞を言わない。

今日の分の土嚢を作り終わって、入り口近くに積み重ねていたら、また、彼が声をかけてきた。

トラック1台、運んでやんべいか、と言う。

お!いい話だぞ、と思った。でも、Mさんの話を思い出した。土は、タダだけど、運ぶ人件費が2万ぐらいするという話。

崖の応急手当は、すでに終わったので、あとはその「2年かけて」階段を固めればいいのだから、急ぐ必要はないのだ。

それがいいのは、知っているけれど、と、私はいった。土は、タダだけど、運び賃が2,3万だって聞いたんでねえ。こうやって、ただで戴けるなら、時間かけても安上がりさせたいんですよ、と言ったら、「大倉なら、2,3千だよ」という。この土建屋、大倉というらしい。

ちょっと、その話、乗ってみようかと思った。交渉音痴の私には、あっちから話が来るというのは、もっけの幸い。

しかし、私は心配になった。だいたい、うちは、変なところに建っていて、大型車など、よほど運転がうまくないと、入ってこれない。よく私が「斜面」と言っているところが、敷地内にも出口にもあって、乗用車だって入るのに苦労している。

土を積んだトラックがバックで入って、家の庭に土を下ろす作業が、できるかどうかわからない。彼、そう言ったら、並んでいる少し小さめのトラックを見せて、この大きさならどうだ、と聞く。私は乗用車もトラックも知らない人間だから、目分量で、良いの悪いのといったって意味がない。

それで道幅と、家の入り口の幅とを帰って調べてから可能かどうかを決めるということになった。ついでにへんてこに入り組んだ道路の地図をかいて、問題点も、書きこんだ。

(ところで、ものすごく余談だけど、住んでいる町と自宅の位置関係の地図がかけるの、日本人だけです。地図を描いてほしいと言って、描いてくれた外国人、一人も見たことありません。あれは、日本の優れた小学校教育のおかげです。日本人は義務教育だけで、正確な縮尺図もかけます。これ、世界ではほとんど特技です。)

出来た土嚢を運んで何度も往復しているうちに、中型トラック一杯、3000円で土を運んでくれることになった。それで今、うちの庭は土の山。

明日は晴れるから、お墓参りに行って、そのあと、毎日、本格的な土木作業をすることになった。案外、うれしい。ひょっとすると、2年かからず、ことし、完成しちゃうかも。