無意識の効用

昨夜、もう床についてから、洗濯物を外に出したままだったことを思い出した。ここ数日間の病で、洗濯物がたまっていて、昨日は杖つきながら洗ってほしたのだった。予報は覚えていないが、夜露だってばかにならない。それで、あわてて2階に上って、ベランダから洗濯物を取り入れた。

朝、「こころの時代」を半分過ぎてから起き出して、二階に来たのだけど、その時自分は気がついた。

杖も手も使わずに、私は二階に上って来たのだ。そう言えば、確か昨夜、洗濯物を取り入れたときも、無意識に「あわてて」杖も持たずにかけ上がっていた。おまけに、すでに床についていたのだから、コルセットもつけていなかった。

あ、私は杖を使わずに、二足歩行している…。私は私が歩いている姿をはたから見るように、つぶやいた。

「無意識」というのは、いい兆候だ。私は無意識に予約のセットの時に、いつものようにテレビ体操を予約した。だから、ネットをざっと見ているときに、ふいにテレビがついて、体操が始まった時、あ、そうだと思って、体操の体制になったのだけど、やっぱり無理だった。

体操ができるほどには、回復していないことを、ちょっと体を動かしてみて、わかった。待て、待て、と思った。そろ~~りそろ~~りと行こう。

テレビ体操は、老人や、体の不自由な人のために、椅子にかけたままの姿勢でも出来るような体操をやっている。跳んだり跳ねたりするのは、まだ危ないと思って、私はその椅子かけ体操のほうに参加した。

朝食は、「無意識に」コーヒーを入れた。風邪で私はいつも、胃腸をやられるため、自然にコーヒーを避けていた。「無意識に」コーヒーを入れるというのは、胃腸が回復している証拠だ。ああ、快方に向かっている…。外を眺めたら、庭は落ち葉でいっぱいだった。晴れている。もう少し暖かくなって、「無意識力」が働いたら、落ち葉掃くらいできるかもしれない。

今週の病気は確実に、「安め」という、あちらからの命令だったんだな、そう思って感謝した。