実はつらい

朝8時半から崖の仕事を始めた。風が冷たい。なんでもいいから、力もちがいるうちに、土を上に上げたかった。土を上にげてくれさえすれば、自分が理想とする庭作りは、私がする。


花は春から夏に咲く。夏に咲く花を段々の土に植えたかった。崖にきずいた段々に、季節季節の花を植えたかったから、段々は私が生ごみで作った有機肥料や運んできた腐葉土で作ったのだ。だから、踏んだらふかふかしているのは、当たりまえだった。仕切りさえ頑丈なら植えた植物は根を張って、崖を丈夫にしてくれるはずだった。。


私は手足が動かないわけではない。手足のジョイントがすりきれているため、ジョイントに激痛が走って重い土を上にあげることができないだけだ。土は掘ってバケツに入れられるが、それを上まで運ぶことができない。しかも、私の荒仕事の限界は2時間だ。他人の力に付き合って、時間を過ぎてもやっていたために、この前は腰痛で1週間ばかり寝てしまった。


私はストレスに異常に弱い。自分ではいろいろ考えて、一所懸命やった仕事を崩されたために受けたショックに震えている。春が来るのに、花も植えられず、ゴミだらけの整理のできていないところに住むに堪えられない。私は堅固な城壁の中で、裏切られたために一生花嫁姿のまま、としをとったという、ディケンズの「大いなる遺産」の婆さんと違う。一人暮らしにふてくされて、ゴミの中に生きていたいんではなくて、崖崩れを利用して、段々畑に花を咲かせたいんだ。


私はだれかが思うほど、非建設的な婆じゃない。一人暮らしを解消することができない以上、一人暮らしを楽しみたいんだ。それも日当たりの悪い場所だから、花屋で売っているような「正当な」花を植えることができない。誰にも評価を受けない、日陰でも咲く野の花を植えたかった。あの花この花と考えるのが楽しかった。崖くずれに「悲愴」になったことなんかない。土木が趣味だと言ったのは、悔し紛れなんかではなくて、本当に楽しかったのだ。

この前、表の斜面の私が6年をかけて開墾して、花を植えたところに、ゴミがどっさり捨ててあったのを発見した。表ては、私の管轄外のところを勝手に整備しているだけだから、我慢できる。我慢できるというより、我慢せざるを得ない。世の中には、花よりゴミが好きな人がいるんだということを受け入れざるを得ない。黙ってごみを袋に詰め、黙ってごみ回収所に運び、黙って花を植え続けて6年。そのことで、隣近所ともめたことはない。もめないことは、私が鈍感だからではなく、特に善人だからでもなく、我慢して我慢して、他人とのけんかを避けているだけなのだ。

しかし、ここは、私の領地なんだ。

私の頭の中には、二階の窓から臨む景色、いろいろな野の花の咲いてはしぼみ、実をつけては枯れる自然の移り変わりの色があった。初めに作って固めた下の2段にはすでに種が植えてあった。しかしそこは上の段から削り落されたごみで埋まっていた。でかかった芽も踏みつぶされていた。


それは、親切で人がよくて、誰にも愛される主人が、あらゆる種類のあらゆる階層の、あらゆる性格の人々に愛される主人が、「親切」からやったことだ。定年後、日本を離れて何年たっても、彼が日本に来れば毎日会おうと言ってくれる友人がいる。しかも毎日声がかかり、毎日別のグループが誘ってくれる。よほどのいい性格じゃないと、そんなこと、ありえない。

私なんか、自認したところの気違いだから、どこにいったって、そんな人、一人もいないよ。一人もいないことは自分の言動の結果だから、そのことを私は非条理だとは思っていない。むしろきちんと受け入れ、孤独の後半の人生を覚悟している。

そういう私にでも、出逢った中で1000人に一人くらいが、変に記憶してくれていて、30年ぶりに飛びついてきたりする人がいたけれど、私は実はそのことを正直、うれしい半面「当惑」したんだ。そして私は自分みたいな気違いを使ってくれた存在に、使ってくれてありがとう、と感謝した。私はそういう人間で、そういう人間であることを不都合だと思っていない。若い時は苦しんだが、今はもう、苦悩の域は脱したんだ。


今回、主人は来る予定もなかったのに、自分の仕事を犠牲にして、私の手術のために、海を越えてきてくれた。目に見えて、私のために、ほとんど「奉仕」しようと労働を提供してくれる。そのことを私は、感謝していた。

しかし、「善意」とか「親切」とかいう言葉の脅迫ほど、私を苦しめるものはない。やってほしくないことを「親切に」してくれて、むしろ感謝を期待している「善意」に対して、私は「感謝」の演技をしなければならない。それは私のストレスの最大の原因なのだ。別に主人との間だけのことではない。まるで赤の他人との付き合いだって、私は多くの場合、人がそう思っているほどには、自己主張をしていないのだ。相手の気持ちを思い、気を使い、無理な演技にくたびれて、1年ぐらい黙りこんでしまうことだってあるのだ。


主人が下から、土を運んでくる間、私はそっと、崩れた段々畑を修理した。そこには、私が作った有機肥料の残骸がドロドロとした状態で広がっていた。まだ土になり切っていないぬらぬらして臭いゴミを手で拾っては段に敷き、その上に枯れ葉を重ね、枝を敷き、その枝を両手でしっかり押さえて主人を呼んだ。

ここで枝を抑えているから、運んだ土をここに撒いて!

主人は喜んで土を運んで来て、私の手の上に土を開けた。その上を私は移植シャベルでならして、もう一度元の高さにしたのだが、主人は、私が自分が一度埋めた有機肥料をかき戻したことを知らない。土を運んだんだから、自分がいなければ階段はできなかったと思って満足している。

そうしているうちに、10時に近くなった。主人は今日、誰かと12時半に会う約束がある。解放される!と私は思った。

その前に、土さえ運びあげてくれれば、私は一人で花畑を作ることができる!

ところが、彼は善意に満ちて親切だった。彼は、私に仕事をさせまいと、土を運びあげてくれなかった。早めに帰って、また続ける、と彼は言った。うらめしかった。


彼はここに住まないのだ。ここに住むのは、私だけなのだ。この崖は私のもの、この土は私のもの、孤独を解消したいなんて一言も言っていない、心にも思っていない。私は土やミミズを相手に、木や花や毛虫を相手に、ここで生きているんだから、私の世界を私が作るのを邪魔されたくないんだ。