弔辞

私の体験記、http://novel.fc2.com/novel.php?mode=tc&nid=20284の中でかなりの紙面を割いて書いたことのある「花」と題したエッセイの主人公が、亡くなったという知らせを受けた。苦悩の中を喘いでいた23歳のとき出会い、私は彼女によって「生命」を得た。彼女の影を胸に抱いてその後生き、私は成長して現在に至る。

彼女の修道名を、マドレサンタルシシオというのだけど、改革のあと、俗名を名乗っているから、この名前で彼女を知る人はいない。しかし、私にとっては、今でも彼女は「マドレ」であり、あの強烈な出会いによって、数年間私の母を務めた修道女の俗名はほとんど思い出せない。自分のその後の人生の変容を思えば、彼女との出会いは、ほとんど神的な出会いであった。私にも、彼女にも、出会おうという意思がなかった。だから、出逢わせてくれた存在を私は意識しないわけにはいかなかった。

それから40年たった時、私は再び苦悩のどん底に落ち、ネットの中であえいでいた。そのときに、「花」を読んだ一人の男性から、「祭壇から借りてきた花を祭壇に戻して初めて、この物語は完結する」という、それも神秘としか考えられない言葉をかけられ、私は夢遊病者のようになって、ヴェネズエラに住んでいた彼女を尋ねた。

その不思議な男性の言う「花」の意味を、私は理解しなかったが、彼女が40年前に私に手渡した修道院誓願の十字架を、彼女のもとにもどそうと考えた。日本から飛行機を4度乗り継いで、ヴェネズエラの山奥の彼女の「家」にたどり着いた時、私があの十字架を渡したら、十分の十字架の所在を記憶していなかった彼女は、凄く喜んで、その代わりに彼女が持っていた十字架を、私にくれた。それは、今、私のベッドの横につってある。

思えば、人生の要所要所に不思議な出会いがあった。私を生かした最大の出会いが、あのマドレであり、他の「羽なし天使たち」は、その出会いの「意味」を助けた。私は彼女を、彼女の行くべきところに見送りながら、彼女が残した「意味」を生き続ける。

ありがとう。私の人生を導いた「羽なし天使第一号」。願わくば、あなたの行ったところに、私も行くことができるように、導き給わんことを。