naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

今後の思索用のメモ

「信仰」と訳された言葉の本来の言葉のヘブライ語の正確な意味は、「将来に確証のない状態で、ある対象において自己を確かなものとする」という意味だそうだ。
これ、面白い。言われたことを、なんでもすいすい信じ込むということとはかなり違うニュアンス。
つまりこういうことか。「将来に担保も保証もない状態で」その対象において、自己の存在の意義を確信する。ふむふむ。確信するから人生をゆだねる。
雨宮神父、こうも言った。
物質的な豊かさや社会的地位名誉において自己を確立するという人生上の選びは、物質的豊かさや社会的地位名誉を「信仰する」といういい替えが可能だと。つまり、「信仰」と日本語訳された動詞は、特別な宗教用語ではない。これおもしろいぞ・さらに思考の価値あり。