naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

重い話はともかく

昨日は珍しく4時半に目が覚めて、「こころの時代」に間に合った。夏場は朝早いけれど、このところ、寝坊して、5時に間に合わず、何度も見損なっている。

昨日の主題は、宗教ではなくて、あるカンボジア難民のポルポト時代の体験だった。日本に来て30年、苦難の時代に家族を失っていった、実に重い話。彼女は仏教徒らしい。虐殺された母が教えてくれた「祈りの言葉」を心に抱いて、30年生きてきた。

なんだか、私なんかがモノを言ってはいけないほどの強烈な体験を話していた。だから、モノが言えない。

その中で、たった一つ、私が言っても赦されるかもしれない「どうでもいいこと」を書こうと思う。

30年日本で暮らして、かなり日本語が達者になったこのカンボジア人が、日本語の「難民」という言葉の意味を誤解していた話。日本に来て、さんざん差別を受けた彼女が「難民」という漢字を、自分なりに分析して、「難しい民」という意味だけど、日本人にとって、私たちは「難しい」人間なのかと考えたら、「難民」と呼ばれるのが、苦痛であると言っていた。

質問者の日本人女性は、その「難民」という言葉はもともと「避難民」の省略で、「難を避ける人々」という意味であって、「難しい民」ではないと、訂正すればいいのに、彼女は、間抜けたことを言っていた。

「平和で平等な日本」でも、差別を感じますか?だって。

日本人として生まれ、日本人としか接していない日本人て、日本人は「平和で平等」だと思っているんだ。私はかつて、外国人であったことはないが、「外国人の妻」であるだけで、同胞の日本人から、3流人間扱いを受け、差別を受け続けたぞ。さらに、「知識人」を自称してはばからない日本人「有識者」は、欧米人は一神教だから、寛容な心がなく、日本人は多神教だから誰でもどんな文化でも受け入れる寛容さがあるとか、学術論文でさえ発表している。

日本人は、そのそも「多神教」なんかではなく、宗教に対して「いい加減」な民族なだけだ。どうでもいいから神社にもお寺にも参拝し、クリスマスも祝い、神棚に、数々のご神体と一緒に仏像も十字架もおいて、死んだらそのうちの誰かが救ってくれそうだと信じているのかいないのか知らないけれど、そもそも「どうでもいいから」そういう行動をとれるのだ。

日本人の性格は、実はものすごく偏狭で、心が狭く、集団の進む方向から、少しでも違うものは決して受け入れない人種であることは、生まれたときから「変人」呼ばわりされて、孤立せざるを得なかった私が骨の髄まで知っている。年間3万人も自殺者を出すこの国の人々のいったいどこを見て、「寛容」だなどといえるのだろう。

私は、かつて、帰国子女の受け入れ校に教師としていたから知っているけれど、日本人は、子供の時から、同じ顔をした日本人同胞でさえ、親の都合で国外に数年間いたというだけで、物凄い差別をし、国外で覚えたネイティブに近い英語なんかを話そうもんなら、生意気だと言われて、集団リンチを受けるんだから。

もとカンボジア難民のその女性が、30年も日本にいて、日本人と結婚していながら職業差別を受けてきたというのは、この私には手にとるようによくわかる。日本は私の祖国であり、祖国を愛さない人間ではないが、「平和で平等の日本で、そんな差別を受けたんですかあ」などと寝ボケたことを言っている、その質問者のひとかけらの繊細さもない頭の悪い発言に、私は内容そのものよりも反応しちまって、せっかく、彼女が心に大切にしまってきた、亡き母の祈りの言葉を筆録することを忘れてしまった。

それが、昨日の「こころの時代」の主題だったのだけど。来週だか、再来週だかの2時に、再放送があるから、もう一度、見るとしよう。