節電体制協力準備終了

原発不具合で、各関係者、関係機関、緊張しているから、要するに、内乱時代のエルサルバドルでやったことをまたやればいいんだと思って、朝から水を溜めまくった。防災グッズとして買った10ℓ入りの容器2個と、2ℓいりの容器2本と、ペットボトルと鍋3個。一人だし、当座の飲料水としては十分。あとは、トイレ用に、浴槽と、洗濯機と、バケツなどに。庭には、同じくペットボトルに鶏の飲料水として、何本かため置く。

なんだか、内乱体験が誇らしい、なんていうのは、おかしな話だけど、年齢が違うから、疲労度が違うだけで、なんだ、昔に逆戻りか、なんて、案外楽しんでいる。体験から言って、停電と断水とガス停止なんていうのは、連動しているから、ご飯を炊いて、すし飯にして置いた。あとは、炭火だなあ。しばらく炭を熾す機会がなかったけれど、出来るかな。ただし、何でも「チン」よりは炭火の方がおいしんだ。すべて怪我の功名であります。

厄介なのは、冷蔵庫内の冷凍品。友人が電話してきて、冷凍食品は保冷バッグに保冷剤を入れておくと、かなり長持ちするよと言ってきたので、ほー、そうか。と即採用。魚と肉と、餃子をそのようにして置いた。内乱体験ないくせに、あったまいい^^。

でも、電気がなければインターネットも電話も、携帯の充電もできないはず。常にあるはずの情報が断たれたら、困るかなあ、と思ったけれど、本当の被災地には、着の身着のまま九死に一生を得た人ばかりなんだと、思い返し、情報なんかどうでもいいと思いなおした。実はラジオの電池が一つもない。懐中電燈の大きい電池はあるけれど、ラジオって、つかわなかったからなあ。

ひと月ぐらい情報がなくても、別にいい。私が責任持たなければならない人はもう、いないんだ。ブログの日記の記入が日課だったけれど、別に、目が治ったので、書きたければ書けばいいのだ。

実は昨日から、落下して壊れた土器だのなんだのの修復をし始めた。絵の具を使う。絵の具の臭いを嗅いだら、絵を描き始める予感がした。まだ途中の描き掛けの絵をときどき眺めている。絵を描いて、崖の修復をまた始めたら、たいして私の状態は、変わらない。でも、不便なことに、薪用の風呂釜があるお風呂がない。ボタン押して待っていれば風呂になるという「文明的な」生活は、こういう時不便。私は決して、そういう風呂が好きなわけじゃない。この家に越してきたら、そうなっていただけで、終戦直後のドラム缶風呂の方が好きなんだ。


というわけで、私の節電体制に協力の準備は、すべて整いました。