naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

砂漠のマンナは明日も降る

今日、久しぶりにサティ改めイオンに行ってきた。特に野菜が切れているし、また1週間分の食べ物を買いに行くつもりだったが、私が時々行っている朝のチャットの部屋では、店に食料は、まったくないという話だった。特にパンだとか、インスタントラーメンなどの携帯食糧がないのだそうだ。ラジオや懐中電燈、電池などが売り切れだとか。

まあ、なきゃないでいいや、とのんきに構えて、まだうずく腰痛を抱えて、自転車に乗った。

イオンは外まで行列ができているとか、チャットで聞いたほどには、混んでいなかった。なんだ、とちょっと安心して、いつものように、鶏の屑キャベツを集め、自分のためにホウレンソウや小松菜などの葉物類を買い込み、まあ、これくらいあれば1週間十分だと思われるものをかごに入れて、ふと、主食の穀類や粉類や麺類の棚を見たら、そこは空っぽの棚だけで、何も商品がなかった。おやまあ、こういうことか・・・

次の列はおせんべいやおつまみや乾パンなど、たぶん備えておけば飢えないで済むような品物、それから干物の棚も、またからっぽで、何も商品がなかった。おやまあ。

私は今日は少なくともそれらの物をわざわざ買い置きする必要もないから、あまり深刻に考えることもなく、また通り過ぎた。

ところで、ペットボトルの棚も空っぽで、パン類は菓子パンに至るまで全くなかった。

だったら買わないだけだけど、責任ある家族を持った人は、そうはいくまい。少なくとも一人暮らしの婆さんとして、私は、買いだめすることもあるまいと思った。

昔、トイレットペーパー騒動の時も、外米騒動の時も、店は早朝から蜿蜒長蛇の列を作って、人々は殺到し、一部屋いっぱいのトイレットペーパーを備蓄したつわもの母さんもいた。

まあ気が済むように何したっていいけれど、私はあの時も、トイレットペーパーを買うために、3時に起きて並ばなかったし、インディカ米しかないといって、餓死するとは思わなかった。面倒だっただけだけど、日本人はよく並ぶ^^。

これ、日本人が流言飛語に弱く、ひどく並ぶのが好きなわけでなく、それこそ、世界が感嘆しているように、凄く真面目なだけなのだ。だから、世界ではこの場合「常識的な」暴動などが起きないのだ。

阪神淡路大震災の時も、日本はこんな大変な時に暴動が起きない凄い国だと言って、世界はニュースにしたことを覚えているけれど、高校生だった娘が、大震災の時に暴動が起きないことがニュースになる理由が何が何だか分からないと、ボーーっとしていたのを思い出す。

実に、被災地で一日おにぎり一個しか配給されない時、「いただけるだけありがたい」という被災者の言葉をニュースで知って、私は思わず涙がこみあげてきてたまらない。九死に一生を得て避難所で生きて出会った人々が、お互いに抱き合い、涙を流して言う言葉、「命があるだけよかった、前向きで生きていこう」という言葉から、私は「暴動」などというものの可能性などまるで考えられない。

せめて、災害に合わず、同じ家で、同じ生活ができる私は、自分が1ヶ月生き残るために、すべての買い占めなどをせず、皆が困っているときは、砂漠のマンナの精神で、今日自分が生きるだけの物を得ることに留めようと思う。そうすれば明日はあの大いなる存在がきっと新しいマンナを降らして下さる。

(註:「砂漠のマンナ:出エジプト記:モーゼに先導されてエジプトを出たイスラエル人の一行が、砂漠で食料が尽きたとき、ヤーヴェがマンナという白い饅頭のような食べ物を毎朝降らしたという記述より。それは、一人一日食べる分のみを採取することしか許されなかった。決まりに背いて余計に採取したものは腐って食べられなくなったという。」すいません^^。我田引水的解釈で)